M&Aにおいて必ず知っておくべき「のれん」について徹底的に解説
はじめに
のれんとは、M&Aにおける売買金額と時価純資産額との差分を意味します。無形固定資産として資産計上され、一定の償却期間で費用計上し、場合によっては減損を行う必要があります。ここでは、のれんの由来や意味、会計処理の方法、減損の意味や対策、のれん減損の事例についてご紹介します。
1. M&Aにおける「のれん」とは?
「のれん」という会計用語は、飲食店などの軒先に吊り下げられたのれん(暖簾)に由来します。のれんは、企業の信用力やブランド力、これまでの実績などを含む目に見えない資産を表すものとして、会計上、無形固定資産に位置付けられています。
M&Aにおける売買価格は様々な手法(時価純資産価額法、DCF法、EBITDA倍率、類似業種批准方式など)を用いて決定されます。売買価格を決定する上では時価純資産額をベースにしますが、売手の時価純資産額を上回る価格で取引されるケースが多いです。この売買価格と時価純資産額の差分がのれんで、買収プレミアムと呼ばれることもあります。まれに時価純資産額を下回る価格で売買されるケースもあり、この場合、「負ののれん」が発生することになります。
経験上、日本で行われている中堅・中小企業のM&Aでは、9割以上の案件でのれんが発生するものと思われます。つまり、多くの案件で時価純資産額以上の価格で売却できる可能性が高いということです。その理由はシンプルで、会社が10年、20年、30年と長く続いているということは、規模の大小に関わらず、取引先、従業員、培ってきた技術など、何かしらの価値があるから続いているわけです。従って、「自分のような会社にのれんなんて付くはずがない」などと卑下することはありません。自社が続いている理由は何でしょうか。従業員、取引先、技術、地域性などなど、何かしらの強みがあるはずです。それがのれんだと認識していないだけのことなのです。
【のれんが評価されやすいビジネス、評価されにくいビジネス】
多くの中小企業のM&A案件においてのれんが付く可能性が高いですが、のれんが高く評価されやすいビジネスとそうではないビジネスが存在します。
のれんが高く評価されやすいビジネスは、継続性の高いストック型のビジネスです。例えば、不動産の管理会社は他社や他人が所有する不動産を管理しているだけで毎月お金が入ってきますので高く評価されやすいビジネスです。調剤薬局も同様で、例えば大きな病院の前にある調剤薬局は潰れにくく、のれんが高く評価されます。駅前の立地のいい場所にオフィスビルや商業施設を持つ不動産会社も、借り手が付きやすいため、のれんが高く評価されます。実際、時価純資産額が数十億円の不動産会社のM&Aで、時価純資産額以上ののれんが付いたケースもあります。
一方、のれんが評価されにくいのは流行りの商品を取り扱っているビジネスです。例えばタピオカが今はブームで、タピオカ関連の会社は今期大きな売上が見込まれますが、来期はどうなるかわかりません。継続性の低いビジネスは、のれんが付きにくいと言えます。
【売手企業が売却前に行っておくべきこと】
売手が自社を売却する前に、まずは、できるだけ売上増、コスト減、利益増に努め、決算書に現れる数字をシンプルに良くしておくことが大切です。そうすることで、高値で売却できる可能性は高まると言えるでしょう。ただ、のれんの価値は、決算書上で見えにくいもの。従って、自社が有するのれんの価値を説明できるロジックを構築しておくことが必要です。そこで重要なのがKPI(重要業績評価指標)の設定です。例えば美容室の場合、単に売上が伸びているという結果だけでなく、その根拠をより具体的なKPIに落とすこと。年間5回以上来店するリピーターが毎年10人ずつ増え、その伸びている要因が美容師の高いスキルと店舗のアットホームな雰囲気にある、といった具合です。KPIを指数化して具体的に説明できることが大切です。毎年10人ずつリピーターが増えていくという前提で事業計画を描くことができるので、買手にとっても経営予測しやすい。つまり、売手から「のれん代をもっと評価してほしい」とアピールすることができます。
2. のれんの会計処理・財務諸表におけるのれんの取り扱い
売手にとって、のれん代が大きいほど売買価格は高くなりますが、買手にとって、のれんの存在はリスクになります。ここではM&Aを実行した際に発生する買手の会計処理について説明します。
時価純資産5億円の会社を10億円で買収した場合、その差分の5億円がのれん代になります。その場合、買手は貸借対照表において、5億円の純資産を事業用資産と事業用負債に振り分けて計上し、残りの5億円を無形固定資産であるのれんとして計上します。
そして、買手が日本会計基準を採用している場合、M&Aによって発生したのれんは20年以内の一定期間で償却しなければならないルールになっています。償却する期間は自由に設定することができますが、基本的には投資額を何年で回収できるかを想定して償却期間を定めます。一般的には5~7年程度で償却している会社が多いようです。いくつかの償却方法がありますが、原則、定額法を採用します。つまり、5億円ののれんを5年で償却する場合、毎年1億円ずつ償却していくことになります。なお、のれん償却は、損益計算書上で販売費及び一般管理費に区分されます。
一方、IFRS(国際会計基準)や米国会計基準を採用している場合、現状、のれんは償却しないルールになっています。海外ではキャッシュの出入りを重視する傾向が強く、実際にお金が出ていくものでなければ償却する必要はないという考え方です。ただし、多額の減損処理が発生するリスクが高いことから、のれんも償却していくことが検討されており、今後はその方向に進んでいくものと思われます。いずれにしても、M&Aで計上するのれん代が大きいほど、毎年多額の償却金額を計上していくことになります。M&Aによって業績が向上すれば問題ありませんが、予想に反して利益を得られない場合、のれん代は大きな負担となる可能性があります。
3.のれんの減損とは?減損が発生する理由は?
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のれんの減損とは、貸借対照表上に無形固定資産として計上されているのれんの価値を引き下げる処理のことを言います。M&Aの実施によって、利益が発生しなかった場合に行われます。
例えば、10億円で買収した会社の純資産が5億円の場合、残りの5億円がのれんになります。つまり、のれん分の利益が将来的に出るだろうと想定して買収したわけです。この利益が想定通り、あるいはそれ以上に出ていれば問題ないのですが、想定を下回る場合、のれんの減損が必要になる場合があります。のれんの減損が必要かどうかをチェックすることを減損テストと言い、通常、期末の決算書を作成する際に実施します。
【のれんの減損が発生する理由】
のれんの減損が発生する理由は様々です。「業績が思ったほど伸びない」「ブランド価値が大きく低下した」「デューディリジェンス(DD)が不足していた」「売買価格の算出が甘かった」「買収した企業の人間関係が良くなかった」など、様々な要因が考えられます。
売手にとっても買手にとっても、M&Aは非常にデリケートなため、ほとんどの場合、事前に従業員に告知することはありません。そのため、従業員の問題を事前に見抜くことはほぼ不可能と言っていいでしょう。買収を決定する前に売手の経営者とは話をしますが、従業員と話をすることは基本的にありません。従業員についてのトラブルを避けるには経営者から聞くしかない、というのが現状です。
リスク軽減のために、社員のスキル表を提出してもらうといったことは可能です。ただし、社員の個性や人間関係まではわかりません。ですので、デューディリジェンスをどれほど徹底して行ったとしても、のれんの減損が発生するリスクを完全に払拭することはできないと考えるべきでしょう。
4.のれん減損の対策
まずは大前提として、デューディリジェンス(DD)を徹底して行い、リスクを最大限見積もった上で適正な価格で買収することが大切です。ただ、前述したように、のれん減損のリスクを完全に払拭することはできません。減損が発生する前に、リスクの最小化を図る必要があります。
具体的には、期待したほど業績が伸びなかった原因、ブランド価値が低下した原因、ディーディリジェンスで見抜けなかったリスクなどを究明し、早期に適切な対策をとることが大切です。社員の個性や人間関係に問題がありそうな場合は、人員整理や人材の再配置が有効かもしれません。よりフラットな組織にすることで事業がうまく回り出すといったこともあるでしょう。
ただ、のれんの見立てが当初と違っていたとしても、マイナスの面がある一方で、プラスの面もあるはずです。例えば、店舗販売のみを行うブランドスーツの企業をECやSNS広告などに強い企業が買収した場合、その強みを生かしてブランド価値をもっと伸ばすことが可能でしょう。のれん減損するというマイナス面があったとしても、プラス面で努力すれば減損する可能性を下げることができます。「のれん減損を防ぐ」よりも「シナジーをとことん追求する」しかないのではないかと思います。
5.のれん減損の事例
ここでは、のれんの減損が発生した最近の事例について紹介します。
ソフトバンクグループは、2020年3月期第2四半期決算において約5,000億円もの株式評価損を計上しました。投資先の米国WeWork社の上場失敗により、多額ののれん減損損失を計上したことが大きく影響したようです。コワーキングスペースを世界で展開する同社のビジネスモデルを過大に評価したことや、CEOの経営手腕を見誤ったことなどが背景にあるとみられます。
楽天は、2019年12月期第3四半期に、投資先である米国ライドシェア大手のリフト社について約1,030億円ののれんの減損損失を計上しました。楽天はリフト社の筆頭株主ですが、同社の株価が大幅に下落しているため減損損失を計上する必要があると判断したようです。
三菱UFJフィナンシャル・グループは、過去に買収した米国地方銀行ののれん減損損失を2019年4~12月期に数百億円の損失を計上する見通しです。米連邦準備理事会(FRB)の利下げに伴う米金利の低下を受けて、個人向け住宅ローンなどの事業の収益性が悪化し、のれんの価値を見直すとのことです。
このように、決算期になるとさまざまな上場企業でのれんの減損処理が行われます。ただ、日本はM&Aの失敗を厳しく追及する風潮があまり強くないため、のれん減損の事例は海外ほどには多くはありません。逆に、減損を回避するための条項を最終契約書に盛り込むことがあります。
WEB制作会社のM&A事例では、売手の経営者が1年間残るという条件でM&A契約を締結しました。初年度の営業利益の目標額を設定し、その目標を達成できなかった場合、差額の数年分の損害賠償を行うという契約を取り交わしました。このケースではのれんの減損は発生しません。これは、アーンアウト条項(目標を達成した場合に買手企業が売手企業に買収対価の一部を支払うことを定めた条項)に近いですが、前払いのアーンアウト条項と言えるのかもしれません。
いずれにしても、のれんの減損をできるだけ回避するよう努力する必要はありますが、ソフトバンクの孫社長ですら失敗することがあるのですから、減損を絶対に出さないという企業はないと言っていいでしょう。孫社長がすごいところは、投資の失敗を大いに反省する一方で、それにひるむことなく継続して投資をしていく姿勢を変えないという点です。日本は一度失敗するとそこで終わってしまう風潮がありますが、失敗から学んで次のステップに進むことが会社経営においても一層重要な時代になってきていると思います。
また、日本電産の永守社長のように、買い物上手になるよう努力することも必要です。製造業において、多くの企業がM&Aに失敗して減損を出している中で、同社はM&Aを通じてシナジー効果を追求し、業績を拡大しています。ぜひ、第二、第三の日本電産を目指してほしいと思います。
話者紹介
株式会社M&Aコンサルティング
取締役
依田 真輔(よだ しんすけ)
慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社キーエンスに入社し約10年間、日本国内及び中国上海にてセンサーのコンサルティング営業及びセールスマネージャーとして常にトップクラスの成績を残す(6半期連続ランキング10位以内という全社新記録を達成)。その後、M&A業界における完全成功報酬制のリーディングカンパニー:インテグループに入社。IT、SES、保育園、留学、物流、不動産、製造業、卸売業など数多くの業種で実績を残す。
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