新しい事業承継税制とは?制度の内容や注意点などを解説
はじめに
2019年4月1日から事業承継税制が大幅に改正され、10年間の特例措置がスタートしています。これまでは、企業経営者が自社の事業を後継者に譲渡する場合に課税の問題がネックとなっていました。
しかし、この改正によって事業承継における免税措置が受けられることとなったのです。同制度適用における条件や注意事項について、Liens税理士事務所の税理士である齋藤幸生さんに分かりやすく解説していただきます。
目次
1.改正された事業承継税制とは?
改正された事業承継税制は、正式には「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(略称「円滑化法」)という名称の法律です。一定の要件を満たした企業であれば、経営者から後継者に法人株式などの資産が移る際に通常発生する贈与税、または相続税の納税が猶予されるという特例制度です。また、後継者の死去に伴う贈与税や相続税が免除されるという特例も設けられています。
(1)納税で企業存続が危うくなる現状
中小企業の経営者にとって、いつ、どのタイミングで自社の事業を後継者に引継ぐかは、事業を存続する上での大きな課題です。会社の資産を後継者に譲るとなると、贈与税や相続税が大きな負担となりかねません。最悪の場合、事業の存続を断念せざるをえないという厳しい現状があります。
(2)10年間の納税猶予特例措置
日本の経済発展を長く支えてきた中小企業がこのような税制によって失われることは、日本社会にとっても大きな損失でしかありません。
そこで近年、中小企業の経営者をはじめ、各地方の商工会や中小企業の経営者、または個人事業主をクライアントとする税理士会などの強い要望により、中小企業の経営者が後継者に事業の承継をする際に納税を猶予する特例制度が見直され、2019年4月1日から事業承継税制の改正により10年間の特例措置がスタートしたのです。
2.事業承継税制の内容
改正された事業承継税制は、事業承継の際に少しでも節税したいと願う事業主のために、税制適用の入口要件を緩和する内容となっています。改正によって制度を利用する企業が増え、中小企業の活性化につながることが期待されています。
まさに、日本の中小企業保護のために導入された政策的な税制ともいえるでしょう。
(1)改正となった項目
項目 | 改正前 | 改正後 |
税制優遇される株数 | 総株数の3分の2 | 全株数 |
納税猶予割合 | 80% | 100% |
後継者の人数 | 1人 | 3人 |
雇用の維持 | 5年間8割維持 | 条件付きで要件外 |
これまでの事業承継税制では、総株数の3分の2が税制優遇の対象でしたが、改正後は全株式が対象となります。さらに納税猶予割合が80%から100%に、後継者の数も1人から3人に変更されます。
そして、最大のネックだった従業員の雇用維持が、旧制度では「5年間8割雇用維持」であったものから、同要件を満たさなくても条件付きで納税猶予されるようになったのです。実際、従業員10名の会社では3名が退職すると「雇用8割維持」の条件を満たさなくなってしまって適用外になるという不都合が解消されるわけです。
いずれも経営者に有利となる制度改正内容であり、一般が利用しづらいためにわずか500件程度しか適用されていなかった同制度が、改正によって適用する中小企業や個人事業主が飛躍的に増加することが期待されています。
(2)期間の延長はある?
特例には「10年間」という期間が設けられているので、10年後以降を心配する声も挙がっています。これについては、期間の延長が図られる見通しであり、それに伴って申請期間も延びることが予想されるので大きな懸念には及ばないでしょう。
3.申請手続きの流れ
新しい事業承継税制の対象となるには、中小企業庁の認定を受けた経営革新等支援機関の指導や助言をえて作成した「特例承継計画」を都道府県の知事に提出する必要があります。税理士や公認会計士が多く在籍するこの支援機関は、中小企業庁のウェブサイト上で各都道府県ごとにその一覧を確認することができます。
(1)申請手続の手順
事業承継税制を受けるためには、事業所所在地がある各都道府県の知事に「特例承継計画」の書類を2023年3月31日までに提出します。認定後に事業を承継した後継者への贈与税が猶予されるというのが一連の流れです。書類については、書面の形式に誤りがない限り不認可となることはまずないといってよいでしょう。
なお、相続税に関しては、当然ながら事業主が亡くなることによって発生する税金なので、同制度の適用入口は贈与税に限定されます。
(2)継続手続の手順
事業承継税の制度適用を継続したい場合には、「継続届出書」を毎年提出する必要があり、適用期間経過後は3年ごとに提出する決まりとなっています。適用が続く間は課税免除も継続されるので期限前に届出書の提出を失念しないよう注意することが必要です。中小企業の事業承継問題では、信託投資などいくつかの方法を組み合わせて節税対策する事業主が多いようですが、事業承継税制度こそ贈与税の猶予という大きな節税効果があるのです。
4.適用要件について
さて次に、事業承継税制の適用を受けるための要件について説明しましょう。同制度の対象となるには「対象会社」、「先代経営者」、「後継者」、「先代経営者以外の株主」などに関して一定の要件を満たす必要があります。
以下の表に適用要件をまとめています。
(1)適用要件の詳細
対象会社 | 先代経営者 | 後継者 |
・1人以上の従業員を雇用していること。 ・上場企業・風俗営業会社、資産保有型会社は除く。 |
・会社の代表者であること。 ・相続直前または相続の開始時点で、現経営者と現経営者の親族などで総議決の過半数を保有しており、なおかつ筆頭株主であること。 ・贈与時には会社の代表者を退任していること。 |
・相続開始または贈与時に、後継者と後継者の親族などで総議決権の過半数を保有し、なおかつ筆頭頭株主であること。 ・相続開始直前の段階で役員であり、相続開始から5ヶ月後に代表者であること。 ・贈与の直前に3年以上役員であり、贈与時には20歳以上で、かつ代表者であること。 |
中小企業の事業存続をフォローアップするための制度なので、上場企業や社会通念上の観点から風俗営業会社は要件外となっています。
(2)担保に関する要件
上記のほかに「担保に関する要件」として「納税が猶予される税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供すること」といったものがあります。
5.事業承継税制のメリットとデメリット
事業を後継者に譲る場合に課税が優遇されることは、中小企業の経営者と後継者にとっては大変ありがたい制度です。利点の多い制度ですが、利用する上でのマイナス面はないのでしょうか?
それではここで、事業承継税制制度のメリットとデメリットの両方を挙げて解説しましょう。
(1)事業承継税制のメリット
事業承継税制のメリットは以下の3点が挙げられます。
・贈与税の納税が猶予される特例を利用できる。
・後継者が死亡した場合にも免税される場合がある。
・以前よりも特例自体が受けやすくなった。
同制度での課税優遇はあくまでも「優遇」であって、完全に免税されるわけではないので、可能な限り会社の純資産価値を下げて納税を回避するという節税対策をとるパターンが多くみられます。それでも贈与税がかかってしまうという場合には有効な制度といえます。
(2)事業承継税制のデメリット
一方で、事業承継税制のデメリットは以下の2点が挙げられます。
・特例が取り消しとなるリスクがある。
・親族外承継の場合、経営者の親族と後継者との間で係争が起きる場合がある。
以上が現時点で考えられるデメリットです。
特例が取り消しとなるケースとして、依頼した税理士が継続書類を期限内に提出しなかった場合などには取り消しとなることもあります。
また、深刻な問題として想定されるのは、親族以外の人物が後継者となる場合です。親族の個人的感情など単純に企業側の論理で割り切れない部分もあり、これがこじれると会社の将来に大きな影を落とすことになりかねません。
改正法で後継者は1人から3人になりましたが、親族と親族外の人物とが混在した状態になると、親族の遺留分侵害などの問題で係争に発展することも考慮しておく必要があるでしょう。いずれにせよ、親族外承継を選択して特例を受ける場合には、親族との関係をクリアしておくことが大切なのはいうまでもありません。
なお、特例を相続時精算課税と一緒に使った場合には、後継者が先代経営者よりも先に亡くなると「権利義務承継」の問題が発生し、適用外となることを認識しておきましょう。
6.申請手続をする際の注意点
申請の前後に起きるであろうトラブルなどを想定し、事前にその対策を講じておく必要があります。以下に注意点を挙げておきましょう。
(1)税理士交代の際の引継ぎ業務
特例の申請は顧問の税理士が行うのが通例ですが、申請後に税理士が亡くなった場合などに引継ぎがうまくされていないと、継続書類の提出が期限内にされずに権利が消失してしまうリスクがあります。
この場合には、猶予されていた税の納税に加えて利子が発生するので、会社としては予期せぬ出費が課せられてしまうのです。顧問の税理士が高齢者だった場合には、特例の申請手続のみ別の税理士に依頼するといったリスク回避策を講じておく必要があるでしょう。
(2)税理士への報酬
肝心の手続作業における税理士への報酬ですが、大半は顧問料の範囲内で済んでいるようです。書類作成料として別途報酬を設定するパターンもあるので、これは事前に税理士としっかり取り決めをしておきましょう。
7.改正された特例制度をめぐる現状
今回の法改正によって、日本の中小企業をめぐる環境はどのように変化していくのでしょうか?現在の状況を鑑みて、将来の展望を探ってみましょう。
(1)現時点での特例申請の数
総務省または中小企業庁によれば、実際に事業承継特例が申請された数は、現在1,000~2,000の間です。日本には中小企業が500万社あり、黒字は約3割といわれています。3割の約150万社の黒字企業の中で何社が事業承継特例を必要としているのか、正確な数は把握されていません。
(2)将来に向けた今後の展望
いわゆる「団塊の世代」といわれた経営者の多くが企業社会からのリタイアの時期を迎えようとしている現在、特例を享受して後継者に事業をスムーズに承継させようとする中小企業や個人事業主は少なくないことでしょう。
後継者への事業の承継を考慮している中小企業の経営者または個人事業主からすると、課税の心配なくスムーズに事業を引き継ぐことができるありがたい制度であると言えるでしょう。
8.制度の内容を把握したリスク回避策
同制度を安易に利用することは少なからずリスクがあることを認識しておく必要もあります。事業の承継にあたってはまず先に着手することがあり、事業承継税制の利用は全ての策を尽くした「最後の奥の手」と考えておくことが重要です。そこで最後に、特例を申請する前にやっておくべきことを挙げておきましょう。
(1)財産の整理
引退を決めた経営者が最初にやっておくべきなのは、まず財産の整理です。株式だけでなく、ほかにもある法人の財産を誰に委ねるのかを明確にしておく必要があります。これらをきちんと決めた上で事業承継税制の特例を申請するのか否かを決断するのが賢明といえるでしょう。
(2)ほかの節税策も考慮する
ほかの節税対策も考慮した上で、納税が困難と判断した際に特例の申請という選択肢を選ぶことが適切だと思われます。
いずれにせよ、先代の経営者が亡くなってしまってからでは申請自体ができなくなるので、経営者は後継者を決めておく必要があり、それから税理士と事業承継における課題点をじっくり検証してから決めることが大切です。
9.まとめ
以上、改正された事業承継税制のポイントについて、できるだけ分かりやすく解説しました。同制度は「中小企業経営者または個人事業主が、いかに負担なく事業を円滑に後継できるか」に視点を置いた改正になっています。
昨今の厳しい社会状況下において、納税の負担によって中小企業の事業継続が危うくなるという事態を避けるための、いわば社会的セーフティーネットともいえる中小企業をサポートする税制の特例です。
同制度を上手く活用し、事業承継を円滑に進めていきましょう。
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Liens税理士事務所
代表 齋藤幸生
東洋大学経済学部卒。平成28年に税理士試験合格し、都内税理士事務所にて国際税務に従事。
平成29年5月 Liens税理士事務所を開業と同時に経営革新等支援機関となる。
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