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製造業界におけるM&A動向と売手が押さえておくべきポイント

はじめに

市場のグローバル化や新興国企業との競争激化、スピードを増す技術革新、サプライチェーンの再編、事業の選択と集中など、製造業を取り巻く環境は大きく変化しています。中小企業においても、下請けから脱却して自社を適切に位置付け、M&A等の手段を用いて自らを主体的に変革していくことが求められています。製造業におけるM&A動向と事例、買手側・売手側の目的、売手側が押さえておくべきポイントなどについて、弁理士でOffice IP Edge代表の原田正純様に解説していただきました。


 

1. 製造業界におけるM&A動向

製造業界におけるM&A動向

製造業は、世界的な競争激化、IT化やデジタル化に伴う技術革新、サプライチェーンのグローバルでの再編、生き残りをかけた事業の選択と集中など、地域や規模を問わず大きな変革期にあります。中小企業においては、業種を問わず、後継者不足の解消を目的としたM&Aが今後も主流と考えられますが、こうした業界や時代の変化に伴うM&Aも増えていくと見込まれます。

このような流れのなかで、“中小企業”とはいえ、大企業の下請けとして、言われたものをしっかりと作っていれば売れる時代ではなくなってきました。業界や時代の変化のなかで自らを主体的に変革し、常に自社のポジションを模索し構築していくことが求められています。

「製造業」とひと口に言っても業種は多岐に渡り、それぞれの業種ごとの変化と革新のなかでM&Aが展開されています。例えば自動車業界では、電気自動車と自動運転技術をベースとした次世代型自動車産業における覇権争いのなかで、系列を超えた業界再編や大手企業による中小部品メーカーの買収が行われています。

製薬業界では、多額の研究開発費の注入による新薬開発競争やバイオ医薬品の開発競争が展開されています。半導体業界では、半導体製造工程の特定製品に特化して生き残りをかけた戦いが繰り広げられています。化学や素材の分野では、レアアース、石油、リチウムなど、政治的な影響で原料の入手が困難になるリスクをいかに回避するかが大きな課題となっています。その他、食品、繊維、木材、印刷、鉄鋼、造船、家電、電子部品など、それぞれの業界ごとに変革のドライバーは異なっており、そうしたなかで、中小企業においても、M&A等の手段を通じて自らを主体的に変革していくことが求められています。


2.製造業界におけるM&A事例

製造業界におけるM&A事例

ここでは製造業における最近のM&A事例を紹介します。

【製造業界のM&A事例1】

日立製作所、本田技研工業、日立オートモーティブシステムズ、ケーヒン、ショーワ、日信工業の6社は、2019年10月、オートモーティブ事業に関して経営統合することを発表しました。最終的には日立オートモーティブシステムズが吸収合併存続会社とし、各社の自動車部品関連事業の強みを結集し、スケールメリットを活かしていくとのことです。ここで注目したいことは2つあります。

一つは、今後、電気自動車や自動運転車の普及が見込まれるなかで部品点数が圧倒的に減少することになるため、生き残りをかけた経営統合であるという点です。もう一つは日立グループの動きです。日立は大手企業のなかでは事業の切り分けを積極的に展開しています。日立はLumada(ルマーダ)というIoTソリューションを展開し、様々な業界を巻き込んで普及させようとしているのですが、それと親和性の高い事業はグループ内に残し、そうではない事業は売却する方針でM&Aを積極的に展開しています。

【製造業界のM&A事例2】

段ボールメーカー大手のレンゴー株式会社は、2014年以降、毎年1~2社を買収し、2019年8月から10月の間には4件もの買収を行いました。具体的には、国内の小規模な包装会社や段ボール会社を買収したり、海外の複数の合弁会社を完全子会社化したりしています。段ボール業界は技術的に成熟した業界であるため、これらのM&Aはどちらかというと救済的な意味合いの買収であり、優秀な人材や設備を有する小規模会社であればそれを取り込んで規模を追求する戦略を展開しているとみられます。特に海外では、日本以上に輸送需要の伸びと共に段ボールの需要が伸びていくことが見込まれるため、規模の追求と同時に、人件費や製造原価をできるだけ安価に押さえたい意向があると考えられます。

【製造業界のM&A事例3】

DIC株式会社(旧:大日本インキ化学工業株式会社)は、2019年8月にドイツ化学メーカー大手のBASF社の顔料事業を買収することを発表しました。DICは、国内市場の成長の限界から、海外事業を拡大するべく今回の買収に至ったとみられます。従来であれば日本人の駐在員を海外に派遣して、少しずつ事業を拡大していましたが、人材不足でそれが難しくなってきていること、および現地企業を買収して人材ごと取り込んだ方が手っ取り早く、外国人のマネジメントを日本に居ながら行ったり、現地のスタッフに任せたりすることに慣れてきているという背景があると思われます。。また、欧米企業は日本企業よりも事業の切り分けを頻繁に行い、将来不要と考えている事業を、時機を見て高値で売却する傾向が強いのですが、BASF社もそうした判断があったと思われます。

【製造業界のM&A事例4】

武田薬品工業株式会社は、2019年1月、アイルランド製薬大手のシャイアー社の買収を完了しました。約7兆円にも上る大規模な買収により、世界トップ10入りするメガファーマが誕生しました。シャイアー社は希少疾患に関する医薬品の開発・製造を行うバイオベンチャーで、M&Aをくり返して成長してきました。製薬分野は希少薬市場の伸びが期待されており、シャイアー社が希少疾患のバイオ薬で世界トップ企業であることから、武田薬品工業は大規模な買収に踏み切ったとみられます。武田薬品工業は既に日本企業と言うよりはグローバル企業であり、決断も早く、大胆なM&A戦略を展開しています。

このように、一部の国内大手メーカーは、世界的な業界再編のなかで、M&Aを積極的に展開してきています。一方、日本の中小企業の多くは経営が厳しく、業態を変革するだけの資金力も人材資源もないため、既存事業の承継だけで精一杯という状況にあります。そうしたなかでも、有力な売手候補とみなされるように、自社の強みを一層強化し、効果的にアピールしていくことが求められています。

3.製造業界のM&Aにおける買手側・売手側の目的・理由

製造業界のM&Aにおける買手側・売手側の目的・理由

M&A・事業承継を検討している方へ

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【買手の目的・理由】

製造業は、総じて技術革新が激しい業界であるため、自社にない新技術を入手するためのM&Aが多く展開されています。技術開発競争がスピードを増すなか、自社でゼロから開発するのではなく、買収により新技術を調達したい意向は年々高まっているとみられます。

それ以外にも、顧客規模の拡大(売手側と買手側の相互の顧客基盤を活かす)、コスト削減(規模の経済によるコスト削減)、IT化・システム化による合理化(標準化されたIT技術やシステムを相互に導入することで事業の合理化と共にスケールメリットを享受する)、人材獲得(社内に不足している人材を獲得する)、内製化(優秀な外注先を買収して更なる品質向上やコスト削減を目指す)などを目的にM&Aが展開されています。

【売手の目的・理由】

中小企業の場合、業界に関わらず、後継者不在の問題を解決する目的で自社を売却するケースがほとんどです。今後もその傾向は変わらないでしょう。それ以外では、コア事業への集中、売却益の入手、経営難、あるいは純粋に自社の事業拡大を他社に託したいとの思いから売却を進めるケースもあります。

中小企業の一番の悩みは顧客基盤の拡大です。中小企業は営業人材やマネジメント人材が不足しているため、より広範囲に営業を展開できる会社、新しい観点から顧客を開拓できる会社、自社技術・製品の営業を展開できる会社などに事業を譲渡したいと積極的に考えているケースもあります。自分たちだけの力では限界にきており、もう一段の改良や改善が可能であればそうした会社に将来を委ねたいとの思いからです。

ほかにも、使用していない価値ある装置を活かせるのであれば、会社ごとあるいは事業ごと売却したいと考える中小企業、工場の用地だけでも有効活用してほしいと考える中小企業もあります。立地の良い場所、例えば高速道路のインターチェンジが近くて物流に便利な場所、周辺に住宅地がなく苦情が起こりにくい場所などは、買収に興味を持つ企業が多いと思います。


4.製造業のM&Aにおいて売手が押さえておきたいポイント・注意点

製造業のM&Aにおいて売手が押さえておきたいポイント・注意点

中小企業、特に製造業においてよくあるケースですが、「自分たちの技術は優れている」「こんなに良い」と熱弁をふるうものの、業績が伴っていない会社が多く存在します。M&Aの現場では、技術面の優位性をアピールするだけでは魅力を伝えにくく、その技術の「現在の用途」のみならず、「可能性としての幅広い用途」にまできちんと言及するとよいでしょう。

技術一辺倒の話や、用途についての深い洞察がない資料しかないと、買手に興味を持ってもらうことはできません。総じて、中小企業は技術の応用や活用について十分な調査ができていないケースが多く見受けられます。業界動向をはじめ、幅広い知見をもって自社の現状と今後の可能性を分析するスキルが必要です。

また、資料作成スキルも大切です。技術に関する一般的な情報、競合他社の状況、技術の現状や将来性、顧客へのアプローチ状況と取引状況など、必要な情報を幅広く収集する一方で、買手にすぐに伝わるような効果的な資料を作成する必要があります。こうした作業も多くの中小企業、特に技術畑出身の経営者は苦手な場合が多いようです。それができるようになると見え方が随分と変わってきます。

そして、売却を考え始めたら、できるだけ早いタイミングで必要な情報収集を行い、資料作成に取りかかるようにしたいものです。それが早期にできていると、売却までの間に業績をもう一歩伸ばすことも可能ですし、企業価値を高めて売却できる可能性が随分と高まると思います。


話者紹介

弁理士 原田 正純

Office IP Edge
代表 弁理士
原田 正純(はらだ まさずみ)
 
京都大学工学部を卒業後、大手総合化学メーカーに入社。環境安全部、知的財産部などに配属。弁理士資格を取得後、2013年に同社を退社。M&A・事業承継を取り扱う弁理士事務所「Office IP Edge」を設立。M&Aアドバイザー業務、中小企業の経営コンサルティング業務を柱に、特許情報などを駆使し、技術系・IT企業のマッチングに強みを持つ。日本経営管理協会認定「M&Aスペシャリスト」。

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