老人ホーム業界のM&Aの現状 売買のメリットや注意点、成功のポイントを詳しく解説
はじめに
世界でも随一の高齢化社会の日本。今後も高齢化社会は進んでいくと見られており、老人ホームの需要はさらに高まっていくと予想されています。
数少ない日本の成長産業に数えられている老人ホーム業界。M&Aによって効率的に新規参入したい事業者や事業規模を拡大したい事業者は少なくないでしょう。しかし、老人ホーム業界のM&Aには、特有の注意点があり、準備もせずに買収をしてしまうと高い確率で失敗してしまうといわれています。
そこで、老人ホーム業界のM&Aを多数手掛けてきた弁護士の金子博人さんに、老人ホーム業界のM&Aの現状やM&Aを行う際の注意点、成功のポイントなどを詳しく教えていただきました。
目次
1.老人ホーム業界の現状
10年ほど前であれば、新規参入でも利益を出しやすかった老人ホーム業界ですが、昨今では業界を取り巻く環境が大きく変化しています。まずは、老人ホーム業界の現状を確認していきましょう。
(1)老人ホームとは
老人ホームの定義をあらためて確認しましょう。
老人ホームとは、国から介護認定を受けた、自立生活が困難な高齢者の入所施設です。一般的には老人ホームと一括して扱われていますが、法律上は有料老人ホームと老人介護施設の2種類に分かれます。
食事や介護、洗濯・掃除などの家事、健康管理などのサービスを提供し、高齢者が日々の生活を快適に過ごすことに配慮された施設が有料老人ホームです。さらに、提供している介護サービスの内容によって「介護付き」、「住宅型」、「健康型」の3種類に分かれます。
一方、老人福祉施設は、「病院と家庭の橋渡しをする場所」として位置づけられた施設です。通称、「老健」と呼ばれています。「老健」は、病気などに入院していた高齢者が退院後、在宅復帰できるよう支援する施設で、リハビリ専門スタッフがいることが特徴です。また、1人以上の医師の常勤が法律で義務付けられています。
(2)老人ホーム業界を取り巻く環境
10年ほど前であれば、後発の新規参入でも比較的利益を出しやすかった業界ですが、現在は過当競争に見舞われていて、利益を出すことは以前より難しくなっています。高齢化が進み、利用者自体は増えているものの、施設の供給量がそれを上回るペースで増えているから起こっているものです。
高齢者の数はこれからさらに増えると予想されていて、老人ホーム業界は日本の数少ない成長産業と見なされています。そこに目を付けた大企業や異業種からの参入が相次いでいるという状況です。
そのため、体力のない小さな事業者の中には、厳しい経営を迫られている事業者も少なくありません。
2.老人ホーム業界におけるM&A動向
次に、老人ホーム業界のM&Aの動向やM&A需要について解説します。
M&Aによる事業承継は活況
老人ホーム業界のM&Aは非常に盛んです。なぜかといえば、前述したように業界全体が過当競争にさらされているからです。過当競争の業界では、巨大化して力を付けられることができる会社か、小さいけれど個性的なサービスを提供する会社の2パターンしか生き残ることができません。
大企業が買収によってさらなる業務拡大を狙う一方、収益をあげることのできない小規模の事業者は売却するという構図です。
小さな事業者は、生き残るために他にはない個性的なサービスを打ち出して収益を上げていくか、大企業に買収されるかを選択しなければならないというのが老人ホーム業界の実情です。
3.老人ホームのM&A 売手のメリット
M&A・事業承継を検討している方へ
当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。
次に、老人ホームのM&Aの売手側のメリットを見ていきましょう。
売却益を手に入れることができる
M&Aにおける売手の最大のメリットは、会社を売った売却益を手に入れられることです。これは、老人ホーム業界に限った話ではありません。
M&Aが成功して現金を手に入れることができれば、そのお金を元手にして第二の創業をすることも可能です。オーナーは、ひとつの業態に固執する必要はまったくありません。今までのビジネスモデルに限界を感じたら、価値のあるうちに会社を売却して次の事業を考えてもよいでしょう。
業態を変えることで成功した例に、フィンランドのノキアがあります。ノキアはかつて携帯電話事業で世界中を席巻しました。しかし、スマートフォン市場では敗れてしまいます。現在ノキアは、携帯電話事業を売却し、事実上の投資会社に生まれ変わって巻き返しに成功しています。
入居者数の減少や伸び悩みなどで老人ホームというビジネスモデルに限界を感じるのであれば、思い切って売却して、新たな事業に賭けてみるのもひとつの手です。
4.老人ホームのM&A 買手のメリット
次に、買手側のメリットを見ていきましょう。売手の主なメリットは売却益を得ることができることですが、買手のメリットは多岐にわたります。
最も大きなメリットは、買収によって事業規模を大きくできることです。事業規模を大きくすることによって、様々な効果が期待できます。
(1)一人ひとりに応じたサービスを提供できる
老人ホームはいうまでもなく老人のための施設ですが、一口に老人といっても、要介護の度合いやライフスタイルなどは人によって様々です。
事業規模を大きくすることによって、要介護度の高い人には料金は高くても手厚い介護が受けられるサービスを提供し、要介護度の低い人には最低限の介護で料金を安くするといったことも可能になります。個々人の事情に応じたきめ細かいサービスを提供することができるようになるのです。
(2)人手不足を解消できる
老人ホームをはじめとした介護業界は、慢性的に人手不足です。事業規模が大きいほど企業の信用度が増すため、人が集めやすくなります。
また、事業規模が大きければ、グループ全体で研修や教育プログラムなども整備しやすくなります。結果的に、企業が大きいほど人が集まりやすく成長しやすいため、適材適所の人員配置がしやすくなるのです。小さい企業だと、研修や教育プログラムの整備にまでなかなか手を付けることができません。
(3)事業領域を拡大することができる
現在、老人ホーム業界は施設型の老人ホームが主流ですが、近い将来、訪問介護がメインになることが予想されます。たとえば、訪問介護をメインとする事業所を買収すると、訪問介護の人材とノウハウを入手することができます。そうなると、以前よりも効率的に今後成長すると考えられる領域まで事業を拡大することができるのです。
(4)医療機関との連携がしやすくなる
老人ホームと医療機関は切っても切り離せない関係にあります。大きな企業ほど、医療機関と連携しやすいです。医療機関と緊密に連携していることは、それだけでその老人ホームの魅力になります。また、大きな企業ほど、医療機関との連携の際に発言権が大きくなるという側面も否定できません。
5.老人ホーム業界のM&Aの事例
ここでは、老人ホーム業界のM&Aでの実例を紹介します。
(1)介護関連の事業者が医療法人を買収するケース
老人ホーム業界のM&Aで最も多いのが、介護関連の事業者が医療法人を買収するケースです。老人は病院を退院した後に老人ホームに入所するケースが多くあります。そのため、老人ホームと医療法人をどちらも持っていていると、シナジー効果(2つのものが組み合わさることによる良い効果)を生むことができるのです。
(2)医療法人が介護施設を買収するケース
反対に、医療法人が介護施設を買収するケースもあります。医療法人が事業の領域を老人ホームにまで拡大しようとするとき、新たに施設を作るよりも今ある施設を買収したほうが、時間的にも費用的にもコストを抑えることができます。
(3)買収後に行き詰まったケース
M&Aは、当然ですがリスクもあり、失敗する可能性もあります。老人ホームのM&Aで、買収後に行き詰まった事例をひとつ紹介しましょう。
30施設超、ベッド数2,000床を数える巨大な住宅型老人ホームが経営に行き詰まりました。この老人ホームは、入居時に一時金を払えば終生過ごすことができることで人気の施設でした。24時間体制の介護をセールスポイントにしていましたが、そのことによるコストの増加が徐々に経営を圧迫していきました。
そこで、M&Aでよって買手を探し、力のある買手が承継して自己の従来の施設とシナジーを利かせるなどして発展することを期待していましたが、結果的には実際の買手に承継し発展させる能力がなかったので破綻してしまいました。
これは、サービスに対してコストが増加したことと、ベッド数が埋まらない状況であるにも関わらず、安易にベッド数を増やしてしまったことに原因があります。
6.老人ホーム業界のM&A 成功のポイント
老人ホーム業界はM&Aがさかんですが、買収後に経営破綻してしまうといった失敗も当然あります。ここでは、老人ホーム業界でM&Aを成功させるポイントをお伝えします。
(1)ビジネスモデルを見極める
自分のビジネスモデルと買収する会社のビジネスモデルが合うかどうかを見極めることが重要です。そのためには、買収する会社の事業内容を精査しなければなりません。事業内容も精査せずに買収することは、後々、大きな失敗に繋がります。
(2)買収後のイメージを掴む
買収後の具体的な事業イメージを構築しておく必要があります。非効率な施設は早めに撤退するべきです。たとえば、買収する会社が3つの施設を持っていたとしましょう。このうち2つは自分のビジネスモデルに合うけれど、1つは合わない。こういった場合、ビジネスモデルに合わない施設は早めに売却するなどして、撤退することが大切です。
(3)複合的な視点でデューデリジェンスを行う
買収する際に相手先の企業の価値やリスクなどを調査することをデューデリジェンスといいます。このデューデリジェンスを財務的な視点で行うことは当然ですが、複合的な視点で行うことも大切です。
たとえば、現在どれだけの入所者を集めることができていて、将来の入居者はどれくらいになるのか。こういったところまで踏み込んで調査しないと、失敗のリスクが高くなってしまいます。
また、一般的に家族がお見舞いに来やすい場所にある老人ホームに入居することが少なくありません。そのため、施設周辺の人口動態調査、競合他施設の設置状況などにも気を配る必要があります。
7.老人ホーム業界のM&A相場
老人ホーム業界のM&Aの場合、売買価格は以下の3つの手法を用いて決めることが一般的です。
・EBITDA
・純資産プラスのれん代
・マーケットアプローチ
以下から、それぞれの手法について詳しく見ていきましょう。
(1)EBITDA
純利益に支払利息と特別損益、支払利息、減価償却費を足したものを「EBITDA」と言います。このEBITDAを用いて買収価格を決めていくのが主流です。
買収に必要な時価総額と買収後の負債の返済に必要な金額を、EBITDAの何年分で賄えるかを表すものを「EBITDA倍率」といいます。EBITDA倍率を見ることで、投資額を何年でペイできるかを簡易的に見ることができます。
(2)純資産プラスのれん代
老人ホーム業界には、不動産型のビジネスモデルの事業者もいます。持っている不動産を担保にして事業を進めていくという事業者です。こういった事業者を買収する場合は、「純資産プラスのれん代」で買収額を評価します。
のれん代は、ブランドや知名度、技術力、ノウハウなど目に見えない財産に対する対価です。のれん代は、将来的な収益に直結しますので、特に老人ホーム業界のM&Aにおいては重要な要素です。ただ、目に見えない資産だけに、のれん代をどのように評価するかは難しいところです。
(3)マーケットアプローチ
対象となる企業や業界を基準として、企業価値を測る方法を「マーケットアプローチ」といいます。マーケットアプローチを用いて買収額を評価するケースも少なくありません。
老人ホーム業界の資産価値は、一般的に1施設1億~2億円といわれています。たとえば、30施設所有する事業者を買収するのであれば、買収額は30億~60億円になります。ただ、これはあくまで目安ですので、実際にその価格で買収すべきかどうかは個別にデューデリジェンスをしっかりと行って、事業内容を精査しなければなりません。
8.老人ホーム業界のM&Aの注意点
最後に、老人ホーム業界特有のM&Aの注意点についてお話します。
(1)競争はさらに激しくなる
老人ホーム業界は過当競争にさらされていて、施設を持っているからといって必ずしも収益を上げることができるとは限りません。過当競争は、今後より一層激しくなると想定しておく必要があります。
(2)将来的に介護保険収入が減ることを想定する
今の日本の財政状況を考えると、介護保険収入は今後減らされていくと予想されます。将来的に介護保険収入が減らされていくということは念頭に置く必要があります。介護保険収入だけに頼らないビジネスモデルの構築が求められるようになるでしょう。
(3)在宅型も視野に入れる
国は、施設型の老人ホームから在宅型の老人福祉サービスにシフトしたがっています。なぜなら、施設型は国の金銭的負担が大きいからです。
在宅型を推し進めるために、保険点数も在宅型に厚くなっていくだろうと予想されます。そのため、施設型の事業所であっても、訪問介護サービスなど在宅型のビジネスモデルをグループ会社の中に構築することが求められます。
(4)最も注意すべきは従業員の反対
これは老人ホーム業界だけに限った話ではありませんが、M&Aの際の最大の障壁が従業員の反対というケースは少なくありません。
「企業は人だ、人を大事にしなければいけない」。オーナー社長はこのように考えがちで、解雇しないで雇い続けることこそが正義と思っている人は少なくありません。しかし、これには是々非々で臨む必要があります。
ビジネスモデルに合わない人材、あるいは余剰人員であれば、批判を恐れることなく別の会社に移ってもらうなどの人員整理をするべきです。
まとめ
M&Aによる事業承継の成功率は、様々な努力を重ねても5割程度だと認識する方がよいでしょう。日本だけではなく世界的に見ても、M&Aの約半数は失敗するというのが実情です。しかし、だからといってM&Aを行わなければいいのかと言えば、それは違います。M&Aを行わないと今後生きていけなくなってしまう企業はたくさんあります。過当競争が激しい老人ホーム業界であれば、なおさらです。
企業経営において大切なのは、失敗したときにどのように対処するかです。失敗したと思ったらすぐに売却して撤退すればいいのですが、これを日本の企業は苦手としています。失敗したときに会社を転売するのは、決して責任逃れではありません。「事業体は、それに最も適した経営者のところに行くべき」というのが、M&Aに携わってきた私の持論です。
失敗したのであれば、M&Aで会社を売却して、よりビジネスモデルに合う経営者に所有してもらうべきなのです。そして、自分のビジネスモデルに適した会社を新たに買収すれば良いのです。それこそが、M&Aの最大の効用でしょう。
〈話者紹介〉
金子・福山法律事務所
代表弁護士 金子 博人(かねこ ひろひと)
1948年5月2日横浜で生まれる。私立聖光学院中学校、高等学校を経て、73年3月早稲田大学法学部卒業、同大学院修士課程(商法)終了。司法修習生を経て、77年4月弁護士開業。東京弁護士会所属弁護士。
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