マーケティングや人材問題が大きく関わる美容室業界のM&A。注意点・ポイントを詳しく解説!
はじめに
美容室業界は特殊で、中小企業一般と異なり投資効率が高く、多くの場合2年で回収できます。そのため同業種だけでなく異業種とM&Aが成立するケースもあります。また美容室業界に深く関連する顧客情報などのマーケティングや人材不足問題などが、M&A事情に関わってきます。
美容室業界のM&A事情や成功するポイントや注意点について、ライトインターナショナルLLC代表の田中圭吾さんにお話を伺いました。
1.美容室の業界動向
美容室業界は、規模を拡大する美容室と1店舗だけ経営する小規模のものとが二極化する傾向にあります。
(1)二極化する美容室業界
美容室を1店舗だけ経営する場合には、経営的に厳しい面があります。美容室業界全体でスタッフの取り合いが行われているため、採用が難しいのが現況です。規模を拡大している美容室は20店舗、30店舗と店を増やす傾向にあるため、他店舗の人材を回すことでスタッフの入れ替えに対応できます。他方、1店舗しかもたない美容室の場合、スタッフが集まらない状況になかなか対応できません。そのため美容室を売却するケースでは、1店舗だけという話が多いです。
①店舗の売却理由
事業が順調でないことや、別の事業に取り組みたいというオーナーが多いのが、店舗の売却理由として挙げられます。
②二極化の原因
スタッフ不足がやはり美容室業界が二極化する原因だと思います。チェーン展開で拡大している美容室は、ある店舗のスタッフが減っても、別の店舗から補充できます。代官山や青山、恵比寿といった人気の場所に勤務したがる美容師が多いので、そこで求人すると募集が多い傾向にあります。チェーン展開する美容室なら、そうして集まったスタッフをほかの店舗に派遣することが可能です。他方、街の中心地から少し離れた場所に1店舗だけ構える美容室の場合、その場所で求人してもスタッフがなかなか集まらず、結局店舗を売却することになります。
(2)中心地以外の店舗にもメリットはある
広告に関する費用対効果を考えると、中心地よりも外れた場所にお店を構えるほうがいいかもしれません。集客媒体に多くの美容室が掲載していますが、中心地にある人気の美容室は広告の掲載費が高く設定されています。なかでも顧客の目に留まりやすい1ページ目に掲載するための広告費は数十万円かかることもあります。しかし中心地から外れると、広告費が数万円で1ページ目に掲載することができます。そのため広告に関する費用対効果だけを考えると、スタッフを集めさえすれば中心地から離れた場所に店舗を構えたほうがいいかもしれません。ただスタッフが集まりにくいというデメリットはあります。
2.美容室業界におけるM&A
美容室を1店舗だけ売却するケースが多く、買手になる業界はさまざまです。
(1)美容室の買手になる業界
買手に多いのが、多店舗展開している美容室です。規模をどんどん広げていくのが目的なので、買手側からみれば店舗を構える場所はあまり関係ないようです。10店舗以上経営している美容室は、売手となる店舗が都内ならどの場所でも問題ないと考える場合や、なかには大阪や名古屋に進出したいと希望のある場合もあります。
まったく別の業種が美容室業界に参入しM&Aを行うケースもあります。業種はIT系やマーケティングの会社などさまざまです。なかには不動産会社が美容室業界に参入するケースもあります。これは、美容室は成功すると儲けが大きいという事情があるからでしょう。普通の中小企業におけるM&Aの場合、投資の回収が3年から5年というのが一般的な考え方ですが、美容室の場合、2年で投資を回収できるという印象です。もちろん、先ほど申し上げた美容師の取り合いという人材面でのリスクはありますが、投資効率の面で考えると美容室はかなり期待できるので、異業種からの参入も多いです。
(2)M&Aによるシナジー効果
M&Aを異業種との間で行う場合には、どのようなシナジー効果が期待できるのでしょうか。
現在、どの美容室も集客媒体におんぶに抱っこの状態です。顧客に関するデータを管理できるというメリットや集客力の面で、集客媒体に頼らざるを得ないのが現状です。そのようなサービスに頼らなくても自力で集客できるかどうか、という点も美容室業界の課題です。
その課題解決にシナジー効果を期待できるのが、マーケティング会社やIT系会社です。
①マーケティング会社が期待するシナジー効果
マーケティング会社は自社のマーケティング能力を活かし、広告費を集客媒体に使う代わりに、Instagramやインフルエンサーなどほかの部分にコストをかけることで顧客を美容室業界から引っ張り、顧客データを収集することができます。そのデータを活用し、美容室に来店してもらえる工夫をしたり、顧客にメールに登録させプッシュ広告を行ったりすることも可能です。つまり自社のマーケティング能力を活かすことで顧客をさらに集客し、美容室の収益をあげるシナジー効果が期待できます。
②IT系会社が期待するシナジー効果
IT系会社も同じように、独自の方法を使い、顧客データを収集することでシナジー効果が期待できます。ホームページを改良するなどして、集客媒体にできるだけ頼らずに集客し、美容室の顧客データを取り込める可能性があります。
3.美容室業界でM&Aを行うメリット
買手・売手の双方にM&Aのメリットがあります。
(1)買手のメリット
異業種間のM&Aの場合には先ほど申し上げたように、顧客対策が買手側のメリットとして挙げられます。同業者間のM&Aの場合には、売手から買手へとそのまま事業承継できるのがメリットです。
①顧客データを取り込める
同業種のM&Aの場合にもメリットがあり、M&Aを行うことで資金力をつけることができます。現状、美容室の規模に限らず、多店舗展開している美容室でも集客媒体から完全に離れているケースは少ないです。もっとも、資金力のある一部の美容室は、別の管理ソフトを使って顧客データを自社管理に移しています。万が一集客媒体との連携を止める場合でも、顧客データを別の管理ソフトに残せます。また、予約システムに集客媒体を利用している場合でも、予約の管理に自社のアプリを使っている美容室もあります。つまり、集客媒体を新規顧客の取り込みに活用し、2回目以降は自社のシステムやホームページで予約させれば、集客媒体を通さなくても顧客を逃さないで済むというわけです。
②設備など費用の節約に
美容室の場合、シャンプーや洗面台など設備代が大きくかさみますが、買収すればその分が節約できます。売手の美容室が抱えていた顧客もいるため、新規顧客を取り込むための広告費などを含めてかなりの時間と労力の節約になります。
内装に400万~500万円もかかり、洗面台などの設備が1,000万円では済まないかもしれません。表参道に美容室を出店する場合には、数千万円もの費用がかかるでしょう。顧客を取り込むために、設備よりも内装にお金がかかります。保証金も高く、通常3カ月分の保証金が10カ月分も必要です。
(2)売手のメリット
売手がM&Aを行うメリットとしては、現状を維持できる部分があり、余計な経費を使わなくてよくなることが挙げられます。たとえば店舗の閉鎖を考えたときに、設備など内装を取り払いコンクリートが打ちっ放しのスケルトン状態にする必要があります。元の状態に戻すのに数十万から何百万もの費用がかかります。それがなくなり、逆に利益を得ることができます。スケルトン工事の必要もなく、スタッフも買手にそのまま引き継いでもらえます。そのうえ、売手の美容室が抱えていた顧客にも迷惑をかけません。
4.美容室業界におけるM&Aの流れ
美容室が店舗の売却を検討しに相談された場合、M&Aまでにどんな手続きを踏むのでしょうか。
(1)売手側の流れ
①売手側からヒアリング
弊社ではまず売手側の全状況を聞き出します。売却理由から始まり、場所やスタッフの人数、店舗の広さ、家賃など全て確認し、売却する希望金額を聞きます。希望金額が弊社の想定と異なっている場合には、売手側に金額の増減を求めています。
②デューデリジェンスは行わない
弊社ではデューデリジェンス(買収監査)を行っていません。何億円もの規模の会社でしたら、デューデリジェンスは必要だと思いますが、美容室は美容師など人材自体の価値が高いので、いくら経理面を考慮しても結果は一緒です。もちろん売上や経費、利益が記載された収支決算書を提出してもらいますが、それ以上経理面の状況を調べたところで見えてくることは何もありません。
③外部に情報公開
売手に相場観を伝えて、そのあとで売手の店舗の情報を公表します。クライアントに場所や店舗名を特定できないような形でSNSやホームページに情報を流します。特定できるように詳しい情報を公表してしまうとどの店舗が売却を検討しているのかが外部に悟られてしまうからです。
(2)買手側の流れ
①買手側と打ち合わせ
詳しい話をしたい、打ち合わせがしたい等の希望が買手側からあれば、守秘義務用にNDA(秘密保持契約書)を提出してもらいます。そこで売手側の店舗情報の詳細などを初めて開示して、打ち合わせに進みます。
買手側としても、やはり人気の場所に店舗を出店したいので、たとえば恵比寿に出店している美容室だと、すぐに売却されます。でも高田馬場のように中心地から少し外れると、買手が見つかりにくい場合があります。譲渡価格が高いと買手が見つかりにくいですが、譲渡価格が数百万円だと買手の希望が集まります。
②売手と買手で契約書を交わす
売手・買手間で金額交渉やほかの必要書類を提出してもらい、売買の成立まで進めていきます。買手が高い金額さえ出せばいいという売手はほとんどいません。スタッフの面倒をみてもらえるか、抱えていた顧客に引き続き来てもらえるかなど、買手側の状況を確認します。売手が譲渡を断ることも少なくありません。売手と買手とで譲渡価格が決まると、弊社が契約書を作成し、両者が会って終了です。
(3)譲渡価格の相場
恵比寿や代官山といった人気の場所だからといって、譲渡価格が特別高くなることはありません。弊社で扱う美容室は6~8人以下で譲渡価格がせいぜい1,000万円くらいです。
(4)M&Aを断る場合の責任の所在は売手か買手か?
売手との話し合いでM&Aを止めることを決めた場合、弊社から買手に伝えます。人材が重要な業界なので、万が一美容室を買手側に売却したのちにスタッフが辞めることは、買手の責任と考えています。リスクがあるからこそ、回収効率は2年程度と一般中小企業より短いともいえます。
①買手にリスクを負わせる理由
たとえば、買手が売手の美容室のスタッフと面談したいというケースがあります。面談の際スタッフが、この人が新しいオーナーなら辞めると意思表示することもありえます。売手が自社を売却することが周知されるとスタッフのモチベーションが下がることになるため、買手はその店舗の買収を諦めることになるでしょう。対象の店舗のスタッフもまた自社に不信感を持ったまま営業を続けていくことになるため、最悪な状態だけが残ってしまいます。
このような事態を避けるため、売手ではなく買手にスタッフが辞めるリスクを負ってもらいます。
②売手のスタッフと買手との面談も基本断る
弊社の場合、買手側に有利に働くという理由から、基本的には買手の面談要請を断ります。300人規模の会社を買収するときに、買手が300人の社員と面談することはありません。それと同様に考えて、買手とスタッフの面談を断ります。ただ10人くらいのスタッフを抱える店舗ならば、店長とは面談するようにしています。
契約が終わって、譲渡日の1週間前にスタッフにM&Aを告げます。給与等の条件が同じならば、ほとんどのスタッフは辞めません。ネイル業界と違い、美容室業界の流動性も高くはないため90%くらいのスタッフは新オーナーのもとに残るのではないでしょうか。ただ規則が厳しいとスタッフが辞めるケースもあります。現実に、オーナーの考え方が気に入らなくて事業承継した2日後に全スタッフが辞めたこともあります。しかし、それは新しいオーナーの責任であって売手の責任ではありません。そのため、オーナーを選んだ買手に責任を取ってもらうというのが弊社の考えです。
要するに買手とリーダーとの相性が大事だということです。買手側もスタッフをまとめる人がいないと店舗を買収しにくいので、リーダーとうまく関係をつくれていれば、店舗買収後もうまく経営することができます。
(5)マッチング方法
弊社に美容室を買いたいという話が来た際、東京都内の特定地域など絞る会社もあれば、千葉や神奈川を含めて首都圏のどの場所の店舗でもいいという会社もあります。名古屋・大阪と地方限定の場合もあります。買収する予算規模をあらかじめ聞いて、そのなかでマッチングした会社に情報を伝えます。
売手と条件が当てはまってゴーサインを複数の買手が出した場合、優先順位をつけます。この場所に店舗を抱えているオーナーだから、別の場所のオーナーとM&Aを行うほうがいいという具合に、売手と買手の相性を考えます。そうして成約率が高くなるようマッチングしています。
買手同士であまり競争させたくないので、多くても3社くらいに内覧してもらい、打ち合わせ後1週間以内に3社にM&Aを行うか決めてもらいます。うまくいかない場合は次の方々にM&Aの相談を行います。
5.美容室業界のM&A事情
美容室業界におけるM&A事情はどうなっているのでしょうか。
(1)買手と売手のどちらが多いか
設備投資が抑えられるなどの事情から、売手よりも買手のほうが多い状況です。まつエク、ネイル、美容室のなかでは、美容室によるM&Aが一番多いのではないでしょうか。設備代がかかるのが理由だと思います。
(2)異業種と同業種のどちらが多いか
異業種と同業種の場合、弊社が扱っているケースでは同業種によるM&Aのほうが多いです。おそらく、一般的にマッチングサイトなどネット上のやり取りでは、同業種よりも異業種でのM&Aが多いでしょう。
6.美容室業界におけるM&A成功のポイントや注意点
M&Aにおける買手、売手それぞれのポイントや注意点を見てみましょう。
(1)買手側のポイント・注意点
集客媒体を離れるスキルやノウハウを買手側がもっているほうがいいでしょう。また、異業種が参入する際に、マネージャーに任せっきりではいけません。事業を買収したから現場スタッフが事業を勝手に回してくれて、お金だけ出していればいいというのでは、経営はうまくいきません。オーナーが頻繁に食事会を開くなどして、店長などマネージャークラスとコミュニケーションをとるのがいいでしょう。現場の人たちは経営のことは考えておらず、顧客を尊重してよりよいサロンを作ることを心がけています。そういう意味では経営と相反する部分があって、それをハンドリングしていくのがオーナーです。実際何十店舗も美容室を経営しているオーナーはいろいろ気を配っているので、経営がうまくいっています。同じ業界だと現場の事情を理解していますが、異業種から美容室業界に参入すると現場の声を聞き入れず、スタッフをハンドリングできない場合もあるので注意が必要です。
(2)売手側のポイント・注意点
東京の方ではあまり、値下げ交渉をしません。売手は高く自社を売りたいので、希望価格を高めに設定すると、かなり長い期間店舗が売却できないことが少なくありません。買手は値下げ交渉しないことが多く、希望価格で買収を考えているので、希望価格が高いと買収を諦めてしまいます。これが逆に大阪の場合、800万円が50万円まで値下げされたケースもあります。地域に応じた希望価格の設定をすることが大切です。
話者紹介
M&A・事業承継を検討している方へ
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ライトインターナショナルLLC
代表 田中圭吾(たなかけいご)
■代表者資格
行政書士資格1989年度合格
■行政書士事務所開業
2001年8月 オフィスライト行政書士田中法務事務所開業
前職:三洋電機株式会社 半導体事業本部 営業主任
■会社設立
2008年6月 ライトインターナショナルLLC設立
■アメリカ ハワイ法人設立
2019年10月 RIGHT INTERNATIONAL USA, INC.
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