倒産・廃業時の給与支払いとM&Aによる救済について専門家が詳細解説
はじめに
事業の存続が困難となり、会社がやむなく倒産・廃業となった場合、従業員給与の支払いはどうなるのでしょうか?経営不振ということは、会社を運営するための資金が底をついた状態が大半です。従業員の給与はもちろん税金や取引先への支払分や金融機関への返済分も債務として残っていることがほとんどといってよいでしょう。
それでは、それら企業の債権における支払いの優先順位は法的にはどのように定められているのでしょうか。また、M&Aによって廃業の際の問題点はどの程度解消できるのでしょうか。
これらの疑問点について、税務顧問として数多くの企業を担当し活躍中のLien税理士事務所代表の齋藤幸生さんに解説していただきました。
目次
1.廃業時の給与と会社の債権について
企業は、廃業時にいくつかのステップを踏んでさまざまな問題の処理を行っていくことになります。すべての会社は企業として法務省に法人登記されているので、この登記を廃止する、すなわち「法人の解散」をして金銭面の清算をする必要があります。会社に財産が残っていれば、当然ながら従業員の給与を含む未払金を支払わねばねりません。
会社法の手続としては「解散して清算」という手順となり、会社を解散する際に給与を支払い、同時に全員解雇するという形が一般的です。そしてその際「どの時点で従業員を解雇するか」という問題があります。
企業の廃業には「法律上の解散」と「自主廃業」という2つの形があります。どちらを選ぶかで債権処理の順序も変わってきます。従業員の未払賃金も債権の一種であり、債権にもいろいろな種類があるので、それら債権の内容と相違点そして法律の解釈が、従業員の解雇や未払給与などの問題点を解決する鍵となります。
2.「法律上の解散」の場合の債権
「法律上の解散」を選択した場合には、「破産法」という法律に定められた債権の優先順位に則って処理が行われることになります。破産法では、廃業する企業の債権について、その内容と処理について厳しい規定を設けており、「破産管財人」として裁判所に任命された弁護士が債権の精算業務にあたります。
債権の優先順位
①財団債権
破産法2条第7項により「破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権をいう」と定められているのが「財団債権」です。破産財団が、公益性などを考慮し、優先して支払うべき債権と判断した債権が「財団債権」となります。
また、財団債権の内容についても破産法148条その他で細かく規定されています。その代表的な債権を以下に挙げておきましょう。
- ・裁判費用
- ・破産財団の管理費用(管財人への報酬・事務所撤去費用など)
- ・租税などの請求権
- ・賃金請求権(従業員の給与など)
②優先的破産債権
破産財団に属する財産のうちで、民法306条が定める一般の先取得権などを「優先的破産債権」といいます。「破産法98条第1項」により「優先的破産債権」は他の破産債権よりも優先して支払われます。
③一般債権
廃業する企業に対する債権を有してはいるが、その時点で自社の経営状態に深刻な影響が及んでいない債務者に対する債権は「一般債権」として扱われます。
④劣後債権
他よりも遅れをとることを「劣後(れつご)」といいます。すなわち「劣後債権」とは、他の優先債権が支払われ、最後に残った債権を指します。
劣後債権の内容は以下のようになっています。
- ・破産開始後の利息
- ・破産開始後の違約金などの請求権
- ・破産開始後の延滞税・利子税・延滞金の請求権
- ・破産開始後に発生した国税徴収権
- ・加算税
- ・罰金・科料・刑事訴訟費用など
- ・破産手続参加の費用請求権
- ・その他
3.「自主廃業」の場合の債権
「自主廃業」は「任意整理」とも呼称されます。
自主廃業による会社の解散を選択した場合は、会社の資産は債権者に平等に分配されます。法人を解散しすべての債権を精算したあと、残った資産をしかるべき方法で株主に分ける「残余財産の分配」という流れになります。
そして、解散した会社が従業員を解雇する時期については、会社の業種や業態や解散時の状況によって変わってきます。現実には解散を決めた時点で解雇となるケースが大半です。
債権の優先順位
①法定期限等以前から抵当権が設定されている債権
「国税徴収法」の15、16条により「質権及び抵当権は、その設定された時期が国税の法廷納期期限等以前であるものはその国税に優先する」とあり、この債権は国税に優先されます。
②租税債権
国や公共団体へ納税義務が課せられた税金の債権です。
③法定期限以降に抵当権が設定された債権
設定された時期が国税の法定納期期限以降の債権です。
④賃金等
従業員の給与などです。
⑤一般債権
債務不履行により切迫した経営危機に陥ってはいない企業の債権は「一般債権」として優先順位の最下位に位置します。
4.廃業時における従業員の給与について
廃業時に、従業員の未払給与がある場合には、その金額が丸ごと「会社の債務」となります。ただし、廃業する場合は会社にはすでに金庫にも通帳にも残預金がゼロというケースが多く、解雇された従業員は給与が支給されず路頭に迷うことも少なくありません。
このような深刻な事態を防ぐために、現在の中小企業では「解雇予告手当」を従業員に支払って廃業するケースがよく見られます。そうしないと、銀行の抵当債権など他の優先的な債権者に先に支払われてしまい、給与に回せなくなることがあるからです。
(1)破産財団による破産手続
会社が、破産管理財団による法的な「破産手続」をする場合には、手続開始前の3ヶ月分の従業員給与については財団債権となります。退職金があった場合は退職前3ヶ月分相当が財団債権で、それ以外は優先的破産債権になります。
なおこの際、財団は破産手続開始前3ヶ月分の従業員給料の総額と退職前3ヶ月分の給料の総額を比較します。そして、破産手続開始前の総額の方が多い場合はそちらが財団債権となります。
(2) 従業員給与の優先的支払義務
会社の廃業時には従業員に解雇予告手当が支払われますが、これは一般的には優先的破産債権に位置づけられることがほとんどです。廃業時の即時解雇はマイナスイメージが大きいものですが、むしろ会社側にしても従業員側にしても、解雇時点を早めにして、従業員には解雇予告手当を支給することの有効性があると考えるのが賢明です。従業員には早めに辞めてもらって会社にお金を残すというのが、廃棄時の一般的な考えとなっているのです。
(3)破産法が設定された場合
破産法が設定された場合の債権の種類は以下のようになっています。
- ・法定期限等以前から抵当権が設定されている債権
- ・破産管財人、財団債権(前出の3ヶ月分の給料か退職金はこれに該当)
- ・優先債権
- ・一般債権
※給与等は財団債権に一部入ってきます。
5.会社更生法と民事再生法
社会的に影響力が強い大企業などでは、倒産によって連鎖倒産が起きたり、多くの従業員が生活に窮したりという社会不安現象が発生する場合があります。これを回避する目的で「会社更生法」あるいは「民事再生法」という法律が適用されるケースがあり、ときには大きなニュースとして報道されています。
それでは「会社更生法」と「民事再生法」を比較してみましょう。
(1)会社更生法
会社更生法が適用されるのは、社会的に有名な大企業がほとんどです。裁判所から選任された管財人が会社の再建業務を実行し、それまでの経営者は再建業務に関わることができません。これまでマスコミに報道された大企業の実例では、管財人によって旧経営陣が総退陣させられてから再建業務が実行されるケースが多いようです。
会社の債権は「会社更生法の手続前6ヶ月までの税金」「抵当権が設定された債権」「優先的更生債権(賃金)」「一般債権」に区分されます。すなわち、会社更生法では、納税分が優先されるというわけです。
(2)民事再生法
債権の内容は「財団債権」「優先債権」「一般債権」に区分され、一般債権については優先順位が銀行借入れの次なので、その時点で資金が残っていれば支払われます。会社更生法との大きな違いは、会社の経営者自身が会社の再建業務を担当できるという点にあります。
おおまかに表現すると、民事再生法は会社更生法を簡略化して会社再建をスピーディーに行う手段といえるでしょう。ただし、旧経営陣が関わる再建業務とはいっても、債権者の同意なしに勝手に資産の競売などを行うことはできません。
6.未払賃金立替払制度
勤務している会社が倒産し、従業員への給与が支払われないケースがあります。この場合、従業員は会社に対し未払賃金を請求できる債権者となります。しかしながら、仮に破産手続が開始されたとしても、給与の支給にこぎつけるには日数を要します。
現実問題として、給与が未払いとなると明日の生活に困るという切迫した状況に追い込まれてしまう従業員も少なからず出てきます。
このような不都合な事態を救済するために、法律で「未払賃金立替払制度」が制定されています。これは、労働者健康福祉機構が事業主に代わって従業員に対し、支払われるべき賃金を一定範囲内の金額で立替払いするという制度です。
(1)立替払を受ける要件
- ①労災保険適用企業で1年以上事業活動を行っていた企業に勤務し、倒産により未払賃金が残っている従業員(未払賃金が2万円未満の場合は対象外)。
- ②裁判所への破産申立日または労働基準監督署に対する倒産認定申請日の6ヶ月前から2年までの間に退職した従業員。
(2)立替払の金額
立替払の金額は「未払賃金総額の80%」です。
なお、金額には上限が設けられており、年齢によって異なります(下記の表参照)。
退職日の年齢 | 未払賃金の限度額 | 立替払の上限額 |
---|---|---|
45歳以上 | 370万円 (170万円) |
296万円 (138万円) |
30歳以上45歳未満 | 220万円 (130万円) |
176万円 (104万円) |
30歳未満 | 110万円 (70万円) |
88万円 (50万円) |
※注( )内は退職日が2001年12月31日以前の場合の金額
(3)立替払の請求手続
立替払の請求は、各地の労働基準監督署にある請求用紙に必要事項を記載し、労働者健康福祉機構に提出します。
しかしながら、会社が倒産して給与が支払われないという事態は、ほとんどの従業員が初体験なので動揺しがちです。破産管財人は、このような手続に慣れているので、立替払の請求に関しても、しっかりとアドバイスを聞き、所定の手続を済ませば意外に早く既定の金額が支給となりますので冷静に行動することが大切です。
7.倒産・廃業・清算前にM&Aを検討
会社の運営に行き詰まり、資金繰りもうまくいかないとなると廃業を選択せざるを得ません。あるいは、借入金返済の目処が立たず、やむなく倒産となるケースもあるでしょう。ただし、倒産・廃業を回避し、従業員の雇用も確保できる手段があるとすればどうでしょうか。
方策が尽きて廃業に追い込まれてしまうよりも、事業だけでも切り売りすることができる可能性があるのなら、最後の手段として思い切ってM&Aを選択する企業が増えてきています。
M&Aでは、従業員も事業ごとひきとってもらうというケースが多いので、「座して死を待つ」よりも、従業員のメリットはもちろん、経営者にもメリットが大きいM&Aを決断することも視野に入れておくべきです。
8.まとめ
事業の継続が難しい場合、倒産・廃業を考えてしまうことが多いと思いますが、M&Aという選択肢があることを念頭に置きたいものです。中小企業にとって、事業の存続と従業員の継続的雇用の可能性が少しでもあるのなら、M&Aこそ社会的に大きな意義を持つ手段となり得ることでしょう。
〈話者紹介〉
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齋藤幸生(さいとうゆきお)
Liens税理士事務所代表 インバウンド税理士
税理士として独立以前から日本に進出する海外企業の支援活動を継続。創業や起業のスタートアップ、国際税務などを数多く担当。フォワーディング業、貿易業、建設業を中心に税務顧問や経営コンサルティング。経営革新等支援機関としては経営力向上計画、先端設備等計画、ものづくり補助金申請を中心に作成、提出、コンサルティング。クラウド会計MFクラウド公認メンバー。経営革新等支援機関 税理士会新宿支部 情報システム部 幹事。東京税理士会所属。東京商工会議所新宿支部 商業分科会。
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