事業売却とは?事業を売却する方法や相場、税金について解説
はじめに
事業売却とは会社または事業を第三者に売却することを意味します。事業売却にはさまざまな手法があります。代表的な手法として挙げられる株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併の4つを取り上げ、それぞれの手法の違い、メリットとデメリット、税金の違い、および事業売却の相場、事業売却前に準備すべきことについて、名南M&A株式会社の代表取締役社長である篠田氏に聞きました。
1.会社(事業)を売るとはどういうことか、事業を売却する目的
会社(事業)を売る。みなさんはこの言葉にどういったイメージをお持ちでしょうか。結論から言えば、事業売却とは会社または事業を第三者に売却することを意味します。2000年代初頭は「会社を売る」と言えば少なからず「身売り」というネガティブなイメージがありましたが、現在M&Aによる事業売却は、出口戦略の一つとして、大企業のみならず、中小企業においても選択される手法になっています。成約後に中小企業の経営者から感謝の言葉をいただけることも多く、会社(事業)を売ることに対するイメージが大きく様変わりしてきたことを実感しています。
日本でM&A成約件数が伸びたのは企業再編税制が整い始めた1999年から2005年頃です。この当時、企業再編、すなわち業績の悪い事業を切り離して売却するという「再編のためのM&A」が主流でした。その後、リーマンショックによる景気低迷でM&A件数は一旦減少するものの、中小企業を中心に「事業承継のためのM&A」が広がることでM&A件数が再び増加に転じました。そして現在、団塊の世代の経営者の増加やアベノミクスによる国内景気回復もあいまって、M&A成約数は再び増加傾向にあります。
昨今、人口減少と少子高齢化の進展は、中小企業の経営に大きな影響を与えています。人口減少に伴うマーケットの縮小、少子化に伴う後継者不足、経営者の高齢化などが進み、中小企業の経営者にとって、事業承継は大きな課題となっています。そうした中、70代の経営者を中心にM&Aによる第三者への事業承継が課題解決のための有効な手段として選択されるようになってきました。一方で、50代、60代の比較的若い経営者からの相談も増えており、元気なうちに会社(事業)を売却して、余生を元気に過ごしたいという方も増えてきている状況です。
今後は、会社を売却して終わりという「事業消費型のM&A」ではなく、現在の事業を売却して資金を獲得し、新たなビジネス・事業を見つけたらM&Aで会社規模を拡大するという「事業投資型のM&A」が広がっていけば、日本のM&A市場はさらに活性化していくことになるでしょう。
2.会社・事業売却の種類
会社・事業を売却する方法は、株式譲渡、事業譲渡、分割、合併、持株会社、株式交換、株式移転などさまざまですが、ここでは代表的な4つのスキーム(株式譲渡、事業譲渡、分割、合併)について説明します。
【株式譲渡とは】
「株式譲渡」は、売手の経営者が保有する株式を買手に譲渡し、会社の経営権を買手に譲り渡すM&Aスキームです。売手の法人格をそのまま譲渡するため、その資産、負債、各種契約、知的財産、許認可、顧客、仕入先、社員、在庫、不動産なども譲渡することになります。双方が合意した内容の譲渡契約書を締結し、株式の対価の支払いが行われたら株主名簿の書き換えを行うだけで完了するため、他のM&A手法と比べて手続きがシンプルです。そのため、中小企業のM&Aでは最も多く利用されている手法です。ただし、売手を丸ごと承継するため、思わぬ簿外債務などを引き受けてしまうリスクも。M&Aを行う前のデューディリジェンスは入念に行う必要があります。
■株式譲渡のスキーム
【事業譲渡とは】
「事業譲渡」とは、会社全体ではなく、事業の一部または全部を個別に承継する手法です。事業はさまざまな資産を用いて行われ、ときには借金もします。これらの資産や負債を個別に一つひとつ譲渡するM&Aスキームが事業譲渡です。必要な部分のみ売買することができるので、買手にとっては、簿外債務などのリスクを回避することができます。ただし、個別の資産・負債の譲渡であるため、それぞれに名義変更が必要になります。また、従業員との雇用契約、取引先との契約、許認可なども取り直す必要があるため、場合によっては引き継げないことも。総じて手続きが煩雑であるため、事業譲渡を選択するケースは少数に留まっています。
■事業譲渡のスキーム
【会社分割とは】
「会社分割」は、会社全体ではなく、事業の一部もしくは全部を分割して他の会社に移転する手法です。分割した事業を既存会社が承継する手法を「吸収分割」、新しく設立した会社が承継する手法を「新設分割」と言います。事業譲渡と同様に必要部分のみの切りだしが可能であると同時に、株式譲渡と同様に包括承継であるため契約や許認可の取り直しは不要です。また、事業譲渡ほど手続きが煩雑ではないため、事業譲渡よりも会社分割を選ぶケースが増えています。
■会社分割のスキーム
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【合併とは】
「合併」は、複数の会社を1つの法人格に統合する手法です。合併される会社(被合併法人)は解散し、その財産及び権利義務の一切を合併する会社(合併法人)が包括承継します。合併法人が既存の会社の場合は「吸収合併」、新設した会社の場合は「新設合併」と言います。非合併法人の株主は合併法人の株主となるため、株主保有割合の調整で難航することがあります。現在、合併はグループ再編に利用されることが多く、中小企業で合併を選択するケースは少数に留まっています。
■合併のスキーム
3.事業売却の相場
M&A時の売却価格は、最終的には買手との交渉により決定されます。ただ、売手はできるだけ高く売りたいですし、買手はできるだけ安く買いたいもの。そのため、基準となる価格がないとうまく交渉は進みません。
そこで、交渉のスタート時は客観的な資料に基づいて企業価値や事業価値を算出し、それを基準に、双方の思惑を交えて交渉を進めることになります。売却価格の主な算出方法としては以下の3つがあります。
■売却価格の主な算出方法
- ①会社または事業の純資産額を基準として算出する方法(時価純資産価額法など)
- ②会社または事業の収益性を基準として算出する方法(DCF法やEBITDA倍率など)
- ③類似会社の株価から算出する方法(類似業種批准方式など)
「時価純資産価額法」では、時価純資産額と現在の時価に評価替えする方法のことです。時価純資産価額法は、企業または事業が保有する資産の時価と負債の時価を算定して、今ある正味の純資産額を時価で評価するため、客観性が高くなります。ここで問題となるのが、「取引先や保有する技術・ノウハウなどの評価をどうするか」ということ。こうした営業権(のれん代)の評価方法はさまざまですが、一般的には税引き後利益に3年から5年を乗じて営業権を算出する「年倍法」などを用いて算出されます。乗じる年数は、その利益がどの程度の期間保たれるかによって判断されます。
続いて、収益性を基準として算出する「DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法」を解説します。DCF法は、企業や事業において将来的に見込まれるキャッシュフローの総額を現在価値に直して企業価値・事業価値を算出する方法のこと。DCF法は過去の業績だけでなく、将来の成長性も評価に加える点が優れていますが、キャッシュフローの算出根拠やそれを算出する際に用いられる割引率の設定根拠に主観的予測が入りやすく、中小企業にはあまりなじまない部分もあります。それに代わって中小企業においても使いやすい評価方法が「EBITDA(earnings before interest,taxes,depreciation,and amortization)倍率」です。直訳すると「金利支払い前・税引き前・減価償却費前・その他償却費前利益」のこと。この評価方法が優れているのは、買手側からすれば、買収後、何年で投資を回収できるかを示しているところにあります。EBITDAを算出し、そこに平均的なEBITDA倍率である7~8倍を乗じて企業価値・事業価値(すなわち売却価格)を算出します。
上述のように、中小企業のM&A価格交渉における基準価格の算定には、時価純資産価額法とEVITDA倍率が一般的に利用されています。こうした方法を用いて算定された企業価値・事業価値をベースに、両社の思惑も交えて売買価格の調整が図られることになります。
4.事業売却でかかる税金
会社を売却する事業譲渡と、事業を売却する事業譲渡では、課税関係や対価を受け取る主体などが異なるため、どちらを選択するかによって売手のもとに残る金額は異なります。事前にどのような税金が課税されるか把握しておきましょう。
「株式譲渡」では、売手の経営者・株主が得る譲渡益に対して一律約20%の税金(所得税、住民税、復興特別所得税の合計)が課されます。なお、株式譲渡は包括承継であり、課税資産の売買は発生しないため、消費税の課税対象になりません。
「事業譲渡」を用いて事業の一部または全部を譲渡する場合、売手側に発生した売却益が法人税の課税対象になります。また、譲渡する資産の中に有形固定資産や無形固定資産などの課税資産が含まれる場合は買手側に消費税が発生するので、その前提で譲渡代金を見積もる必要があります。事業譲渡に不動産が含まれる場合は、買い手企業に不動産取得税や登記に関わる登録免許税がかかります。なお、事業譲渡は会社の資産を売却する行為であることから、事業譲渡の主体は売手になり現金は会社に残ります。
100%子会社間での「会社分割」など、税制適格要件を満たす場合、原則として法人税はかかりません。一方、適格要件を満たさない場合は、譲渡益に対して法人税がかかります。また、株主の譲渡益に対しては譲渡所得税がかかります。会社分割は包括承継であり、課税資産の売買は発生しないため、消費税は非課税です。
「合併」も分割と同様に、適格要件を満たす場合、原則として法人税がかかりません。一方、適格要件を満たさない場合は、譲渡益に対して法人税がかかります。また、株主の譲渡益に対しては譲渡所得税がかかります。会社分割は包括承継であり、課税資産の売買は発生しないため、消費税は非課税です。
■売却手法別 税金
手法 | 譲渡対象 | 課税対象 | 主な税金の種類と税率 |
株式譲渡 | 会社の株式 | 経営者・株主 | 所得税など(譲渡所得)20.315% |
事業譲渡 | 事業の一部または 全部の資産 |
法人 | 法人税など約30% |
会社分割 | 会社の株式 (一部) |
経営者・株主/法人 | 経営者・株主の場合:所得税など最大55.945% 法人の場合:法人税など約30% |
合併 | 会社の株式 | 経営者・株主/法人 |
5.事業売却のメリット・デメリット
これまで紹介してきたように、事業売却の手法にはたくさんの種類があります。どの手法を選べばよいかは、何を優先させるかによって異なります。ここでは、各M&Aスキームのメリット・デメリットを紹介します。
「株式譲渡」のメリットとしては、株式の売却のみであるためシンプルかつスピーディに実行できること、会社のオーナーが変わるだけで会社そのものは存続すること、包括承継であるため契約や許認可の変更手続きが不要であることなどが挙げられます。一方、デメリットとしては、包括承継であるために不要な資産や簿外債務などを引き受けてしまうリスクが存在することなどが挙げられます。
「事業譲渡」のメリットとしては、事業の一部のみを切り出して売却できること、簿外債務等を引き受けるリスクが小さいことなどが挙げられます。デメリットとしては、資産の名義変更を行う必要があること、契約(不動産賃貸契約、雇用契約、取引先との契約など)や許認可の取り直しが必要であることなどが挙げられます。
「会社分割」のメリットとしては、事業の一部のみを切り出して売却できること、包括承継であるため契約や許認可の取り直しが不要であることなどが挙げられます。デメリットとしては、事業譲渡包括承継であるため不要な資産や簿外債務などを引き受けてしまうリスクが存在することなどが挙げられます。
「合併」のメリットとしては、シナジー効果(売上拡大、市場拡大、技術統合、顧客獲得、チャネル開拓など)が期待できること、無駄を省きシンプルな組織になる可能性があることなどが挙げられます。デメリットとしては、合併する側とされる側の社員間で摩擦が生じる可能性があること、株主保有割合の調整で難航する可能性があることなどが挙げられます。
6.事業売却前に準備すべきこと
事業売却を思いついたら、利益が最大かつ損失ができる限り最小にすることを念頭におき、顧問税理士や顧問会計士に相談するのがよいでしょう。ただし、M&Aに詳しい税理士や会計士は限られているのも事実です。税理士や会計士がM&A仲介会社のネットワークを持っていることが理想的ですが、そうでない場合は、M&A仲介会社に相談する必要があります。
その際、M&Aを成功させるには、できるだけ時間をかけて数年前から事業売却の準備に取りかかることが重要です。時間に余裕があれば良いお相手が見つかるまでじっくりと取り組むことができますし、自社の要望に応えてくれるM&A仲介会社を見つけることもできます。M&A仲介会社を探す場合には、できる限り複数のM&A仲介会社と面談し、それからM&A仲介会社を絞るのが理想的です。ただし、取引先、従業員、家族も含めて、情報漏洩には細心の注意を払い、それぞれ適切な時期に適切な方法で開示していく必要があります。それを誤ると事業売却の道が断たれてしまうこともあります。また、買手との面談では、財務面や条件面の話も大切ですが、ビジョンの共有やシナジー効果について対等に話し合うことが最も重要です。
※なお、税金に関する記述詳細については、法律の改正によって税率などは異なる場合があります。実際に進めるにあたっては顧問税理士などの専門家への確認をお願いいたします。
話者紹介
代表取締役社長
篠田 康人(しのだ やすひと)
名南M&A株式会社代表取締役社長、中小企業診断士、宅地建物取引士。株式会社名南経営(現株式会社名南経営コンサルティング)に入社後、M&A支援業務を手がける企業情報部を立ち上げ、会社分割により名南M&A株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。東海エリアに本社をおく唯一のM&A専門会社として、中小企業の事業承継の事業承継型M&A支援を中心に、これまでに200件を超えるM&A成約実績を有する。
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