【建設業法改正】M&Aにおける建設業許可の取得がスムーズに。変更点を解説
はじめに
建設業を経営する上で欠かせないのは建設業の許可です。建設業許可がなければ一定金額を超える規模の工事を請け負うことができず会社の成長が見込めないため、建設業の多くが許可を取得しています。令和2年10月に行われた建設業法の改正では、建設業許可の取得や更新において有利になる変更が行われました。何が変わったのかを理解しておくことは、建設業を営む上でも、またM&Aを検討する場合においても重要です。
そこで今回の記事はM&Aの専門家である、さくらMAアドバイザリー株式会社の代表取締役社長奥田真吾さんに、建設業法改正の変更点や建設業許可を取得する際のポイントについて解説していただきました。
1.建設業の定義とは
※Pexelよりイメージ引用
まずは建設業がどのような業界かを解説していきましょう。
(1)29種類の建設工事を請負う
ひとことで建設業といっても実際には多種多様な事業を行っており、土木工事や鳶職人、鋼構造物といった事業を営む会社を含めて建設業と呼ばれます。そこで本記事では、建設業許可を得て29種類の建設工事を請け負うことができる会社を建設業と呼称します。
29種類の建設業許可は「建築一式事業」、「土木一式事業」、「大工工事業」、「電気工事業」など、工事の内容ごとに分類されています。例えば建物の建設を「施主」と呼ばれる発注者から請け負い、着工から完成までを一貫して管理するためには建築一式工事の許可が必要です。
建設業を営むこと自体は誰でも自由にできます。実際に建設業の許可を持たずとも、工事費用が500万円以下であれば工事は可能です。しかし多くの建設会社では、建設業を営んでいる証明として建設業許可を取得しています。また、建設業には元請け、下請け、孫請けという階層の会社がありますが、どの階層に位置する場合でも、工事に参加する場合には建設業許可の取得を求められる場合があるのです。
建設業の許可を取得する理由は会社によって異なりますが、主に「500万円以上の工事をしたい」、「建設業許可がなければ現場に行けない」、「許可があると会社に箔が付く」といった理由に大別できるでしょう。
なお、人工(にんく)や人足と呼ばれる現場作業員を擁して作業員が必要な現場に派遣することを「人工出し」といいますが、人工出しは建設業法では禁止されています。したがって、人工出しをしている会社を建設業とは呼ばないのです。
2.建設業における建設業許可の基礎知識
※Pexelよりイメージ引用
続いて、建築業許可を取得するために必要な基礎知識について解説します。
(1)原則、建設業許可が必要である
建設工事を行う場合には、原則として建設業許可が必要です。そこで、建設工事の種類と建設業許可が不要なケースについて紹介します。
1 2種類の一式工事と27種類の専門工事がある
「一式工事」とは、受注から完成までを1社が終始一貫して行う工事のことです。一式工事には「建築一式工事」と「土木一式工事」の2種類があります。建築一式工事とは住宅やマンションなどの主に建物を建築する工事を指しており、土木一式工事は道路や橋、ダムといった土木構造物を造成する工事を指しています。
27種類の専門工事とは「大工工事業」や「電気工事業」、「管工事業」など、主に建物を建築するために必要な工事のことです。建設業の世界では、一式工事の資格を持っている会社が元請けとして発注者から工事を請け負い、それぞれの専門工事の資格を持っている会社に仕事を振り分けていきます。したがって、建物を自社で建築したい場合には一式工事の資格が、特定の分野の工事を受注したい場合には工事内容に応じた専門資格が必要なのです。
2 建設業許可が不要なケースもある
前述したとおり、工事代金が500万円を越えなければ建築業の許可を必要としません。許可を得ずに建設工事を行う例としては、造園工事業の会社が庭造りと一緒に駐車場や壁、門扉といった外構工事を行う場合が挙げられます。このような場合、施主としても複数の会社に依頼するよりも同じ会社に依頼した方がスムーズなので、建設業許可を持っていない造園会社が許可の不要な範囲内で工事を行うことがあるわけです。
(2)建設業許可には2種類ある
建設業許可には「一般建設業許可」と「特定建設業許可」の2種類があります。
1 一般建設業許可と特定建設業許可
この二つには、「一件の工事において下請けに支払うことができる金額の上限」に違いがあります。一件の工事で下請けに支払うことができる金額の上限は4,000万円、建築一式工事である場合は6,000万円です。
つまり、一つの工事現場で下請けに対する支払いが4,000万円(建築一式である場合は6,000万円)を超えなければ一般建設業の許可で対応できますが、4,000万円を超える支払いが必要な工事を行わせる場合には、特定建設業の許可を取得しなければなりません。
このため、ゼネコンと称される大手建設会社のように100億円単位の建設工事を請け負う場合には、当然下請けに支払う金額も4,000万円を超えるので特定建設業許可を取得する必要があります。このように、一般建設業許可と特定建設業許可は支払い可能な金額によって許可の種類が違うだけで、どちらが上位資格というわけではありません。
また、一般建設業許可の場合は自己資本が500万円以上であれば許可申請が可能であるのに対し、特定建設業許可は資本金が2,000万円以上かつ自己資本の額が4,000万円以上ないと許可されません。そのほかにも、流動比率が75%以上で欠損額の比率が資本金の20%を越えないことなどの財産的要件も定められています。
この財産的な要件は許可を更新する度にチェックされるため、工事の納期等によっては財務的に余裕がなくて資格を維持できない場合があります。すなわち、特定建設業許可は資金に余裕があるから取得しておこうという代物ではなく、自己資金もしっかりと確保した上で必要に応じて取得するものなのです。
ちなみに、下請け会社として工事に参加するなら、孫請け会社に発注する際に4,000万円(建築一式の場合は6,000万円)を超えても特定建設業の許可は不要です。つまり、特定建設業許可の取得が必要なのは元請けとして工事を受注し、下請けに対して4,000万円以上(建築一式の場合は6,000万円以上)の工事を発注する場合に限られます。
2 営業所所在地により許可行政庁が異なる
建設業の許可は、営業所が存在する都道府県において取得しなければなりません。建設業における営業所とは、本社が登記された所在地ではなく、実際に契約行為を行う都道府県に構えている拠点のことを指します。
例えば、登記上の本社が東京で営業所の所在地が北海道の場合、北海道知事の許可を得なければなりません。ゼネコンのような総合建設業では、多くの場合複数の都道府県に営業所を設けています。この場合は複数の知事の許可を取るのではなく、国土交通大臣から許可を取得します。
3 許可行政庁により取得までの日数が異なる
建設業許可は都道府県ごとに取得しますが、その取得にかかる期間は都道府県によって異なります。例えば北海道の場合は35日で許可が取得できますが、建設業者の多い東京ではもっと長くなる可能性があるため一概に何日で取得できるとはいえません。
建設業許可の取得には「専任技術者の10年経験(120カ月経験)」いう概念があります。建設業界において建設業の許可を取得するには、後述する「専任技術者」が必要です。専任技術者がいない場合には、専任技術者となり得る国家資格を持つ人材を雇用するか、あるいは10年以上の実務経験を持つ人材が必要となるため、建設業許可を取得するまでの日数はより長くなるでしょう。
ただし、指定建設業7業種においては実務経験だけでは許可がおりず、建設業の国家資格を保有する人材を雇用する必要があります。国家資格を受験するためには一定以上の実務経験が必要なので、長期的な視野で人材マネジメントを行う必要があるといえるでしょう。
3.建設業許可を取得するための5つの要件
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※Pexelよりイメージ引用
建設業許可を取得する場合、大きく分けて5つの要件を満たさなければなりません。それぞれの要件について解説していきましょう。
(1)経営業務に十分な能力のある管理責任者の設置
建設業許可を取得するには、経営業務管理責任者(経管)の設置が欠かせません。これまではこの経営業務管理責任者を取得する要件が非常に厳しかったため、設置できずに建設業許可の取得を断念するケースがありました。この問題を解決するために、令和2年10月の建設業法改正によって経営業務管理責任者の取得要件が緩和されました。
法改正前は、経営業務管理責任者を取得するために建設業において7年以上役員の経験が必要でした。これが年々緩和されていき、今回の改正建設業法では5年以上の役員経験があれば良いこととされたため、従前よりも経営業務管理責任者を設置しやすくなっています。
(2)専任技術者の設置
専任技術者とは、建設業の営業所ごとに配置される技術者のことです。専任技術者はほかの営業所との掛け持ちが認められていないため、営業所の数だけ配置しなければなりません。専任技術者には建設業に関連する国家資格の保有者か、10年以上の実務経験がある従業員を配置することが求められています。
専任技術者になり得る国家資格は複数ありますが、一般的には施工管理技士(土木施工管理技士・建築施工管理技士)、建築士、技術士といった資格が挙げられます。必要な資格の種類は許可申請を行う業種によっても異なりますが、施工管理技士、建築士、技術士が在籍していれば幅広い業種で許可申請が可能です。
なお、専任技術者は経営管理責任者とは異なり、役員である必要はありません。
(3)契約締結や履行に誠実である
役所で工事の許可申請を提出する際には、戸籍謄本などの本籍が記載された身分証明書を添付することとされています。その理由は、反社会的勢力と関わりがないことを証明するためです。
建設業において反社会的勢力は徹底的に排除されており、役員は全員「不誠実な者はいない」という誓約書も添付する必要があります。仮に役員の中に「誠実ではないと」認められる人がいると、その人を役員から解任して再申請する必要があります。
(4)欠格要件のいずれにも該当しない
欠格要件としては、成年後見人がついている人が挙げられます。建設業の許可申請を行う場合には、成年後見登記をされていないことの証明書も求められるのです。成年後見登記とは、認知症のような判断能力に乏しいとされる人について後見人が後見人としての権限を登記する制度のことです。後見人がついている人は契約の締結や履行が難しいとされているため、成年後見人登記がされていないことを証明する必要があるわけです。
(5)十分に財産的基礎が安定している
一般建設業で許可申請を行う場合には、500万円の自己資本があることが要件となっています。例えば、資本金100万円で設立した場合に自己資本の額が500万円に満たないこともあるでしょう。建設業の許可申請においては資金の調達能力を証明できればよいとされており、資本金が100万円であったとしても残りの400万円を借り入れる能力を示すことができれば申請が可能です。その際、500万円以上の預金残高証明書を添付すれば問題なく申請できます。
(6)定期的な更新が必要である
建設業許可は5年ごとに更新が必要です。また、毎年「事業年度終了報告書」と呼ばれる決算届を準備し、許可を得た都道府県に提出する必要があります。この事業年度終了報告書を提出しないと建設業許可の更新はできません。
(7)建設業法改正による許可基準の見直しポイント
令和2年10月に改正された建設業法では建設業許可の基準に見直しが行われました。そこで改正建設業法のポイントについて解説します。
①経営能力の基準が緩和される
今回改正された建設業法における最も大きな改正ポイントは、経営業務管理責任者(経管)の要件が緩和されたことです。詳しくは後述しますが、これまでは経営業務管理責任者として認められるためには高いハードルがありました。例えば、以前は役員である必要がありましたが、法改正により一定の要件を満たした部長でも経営管理責任者になれるようになったのです。また、必要な実務経験の年数も短縮されたため、取得要件が大幅に緩和された点がポイントといえるでしょう。
②適正な社会保険加入を許可要件に
建設業の許可には、社会保険や労働保険に加入しているかどうかも重要です。特に労働保険については労働保険料の申告書と領収書の両方を添付します。労働保険は事業内容によって「一元適用」と「二元適用」に分かれていますが、建設業は二元適用に分類されます。二元適用は労災保険と雇用保険に分かれており、保険料の申告と納付をそれぞれ行います。
社会保険については、数年前までは加入していない会社も許可を取ることができました。しかし現在では、社会保険に加入していない会社の場合、建設業の許可を取得することができません。とは言うものの、個人事業主で従業員が5名以下の場合は制度上社会保険に加入することができないため、加入義務が許可要件になっているのは会社(法人)だけです。したがって、個人事業主であれば社会保険に加入していなくても建設業の許可を取ることは可能です。
4.M&Aにおける建設業法改正による影響
※Pexelよりイメージ引用
令和2年10月の改正で建設業法が大きく変わったものの、許認可を行う国土交通省や都道府県の運用そのものには変化がないため、M&Aに対する影響はほとんどないといえるでしょう。
建設業の多くは、建設業許可が途切れないように経営業務管理責任者の任命や育成には特に気を遣っています。行政書士などの専門家も交えて対策していることが多いため、今回の改正によって経営業務管理責任者の要件が緩和されて有利になることはあっても悪影響になることはありません。
(1)法改正が実施される背景
ここでは、建設業法が改正されることになった背景について解説していきましょう。
経営能力の基準が緩和される
これまで建設業許可を取得する上で大きなハードルになっていたのは、経営業務管理責任者の取得要件です。以前は建設業の経営管理者として7年の経験が必要でしたが、平成29年には6年に緩和されました。そして今回の改正では、5年以上の経営管理者としての経験があれば十分な能力があると認められるようになったのです。
今までの要件が極めて厳しかったため、建設業の許可を取得できない会社が数多くありました。独立して建設会社を立ち上げようとしても、経営業務管理責任の要件が独立の妨げになっていたため、基準を緩和して高齢化が進む建設業界を活性化させようとする狙いが見受けられます。
先にも少し触れましたが、要件が緩和されたことで経理部長や営業部長、工務部長といった部長職が「役員に準ずる職責上の地位」として認められ、経営業務管理責任者の要件を満たしているものとなりました。
とは言え、部長職で経営業務管理責任者として認められるためには、出向記録の提出や株主総会での議事録の提出などの審査が厳格に行われるため、申請には十分な準備が必要です。
(2)よりスムーズな事業承継が可能に
建設業においては、M&Aの成立によって社内体制が変わることはあまりなく、株式だけが移転するのが中心です。これはM&Aの目的のひとつに建設業許可や国家資格の有資格者を入手することが挙げられるからです。事業を家族に承継する場合にはあまり問題になりませんが、他社とのM&Aの場合は注意が必要です。
建設業はほかと比べると特殊な部分がある業界です。それは、M&Aで会社を売却するとその時点で従業員が離職してしまう可能性が高いということです。特に中小の建設会社では従業員を家族の一員とした考え方が強いため、経営者がM&Aを行うと従業員が「自分たちは売られた」と感じて忠誠心を失い、離職してしまうケースが多いのです。
建設業許可の要件である経営管理業務責任者や国家資格は、会社ではなく役員や従業員に紐付いているため、役員や従業員が離職してしまうと建設業許可が維持できなくなり、買手にとってはM&Aを行った意味がなくなってしまいます。したがって建設業でM&Aを成功させるためには、経営者も一緒に新会社で残ることが重要になるのです。もしも会社を廃業する場合には、付き合いのある同業他社に従業員を雇用してもらい精算するのが一般的です。
今回の改正では、ゼネコンをはじめとする大手建設会社が下請けなどの小規模な建設会社を買収する際、大手建設会社で部長級の従業員が売手の経営管理業務責任者として認められ、建設業許可を取得できるようになりました。このようなケースは限られていますが、法改正によるメリットを享受でき、スムーズなM&Aに繋がるといえるでしょう。
(3)事前許可が間に合わない場合の対処方法
何らかの理由で急に経営管理責任者がいなくなると、許可申請や更新申請に支障をきたす可能性があります。この場合、付き合いのある同業から要件を満たす人を連れてくるのが対処方法です。同業の役員を一時的に迎え入れて更新申請を行います。建設業許可が更新できないと事業そのものの継続が難しくなるため、このようなほかの業界では見られない対処法も使われるのです。
建設業許可をスムーズに取得するためには、様々な資料を紙で保管しておく必要があります。例えば、出向命令書や10年経験を証明するため、きちんと発注者からお金が振り込まれているのかを確認する通帳が必要なのです。また、過去の請求書を1カ月ごとに積み上げて120カ月要件を満たすこともあります。建設業の許可は全て書面審査であり、現場を見て審査されることはありません。紙面に記載された事実だけで許可の可否が判断されるため、様々な事柄に関する事実を証明できるように書類を保管しておく必要があるのです。
5.まとめ
※Pexelよりイメージ引用
今回は、建設業法の改正によって建設業許可の取得にどのような影響があるのかを解説してきました。今回の改正では建設業許可を取得するために欠かせない経営業務管理責任者の要件が緩和されたのがポイントといえるでしょう。役員としての経験年数が短縮され、部長職でも一定の要件を満たすと経営業務管理責任者として認められるため、大手建設会社のM&Aにおいては売手への人材の送りこみがスムーズになり、効率的に経営統合を図ることが可能となりました。
建設業を営むためには、経営業務管理責任者だけではなく専任技術者の設置や財務的な安定性など様々な要件を満たさなければならないため、長期的な視野で人材採用や育成、財務運営を行う必要があります。いざ許可の更新の際に慌てることのないよう、日頃から備えておきましょう。
話者紹介
さくらMAアドバイザリー株式会社
代表取締役社長
奥田 真悟(おくだ しんご)
1970年、北海道生まれ。さくらMAアドバイザリー株式会社代表取締役社長、JMAA認定M&Aアドバイザー(CMA)。行政書士開業時、先輩社会保険労務士事務所にて住み込みで働いて人事、労務、会計を習う。現在、行政書士としての活動は中小企業の許認可、企業法務を中心としており、建設業許可、風俗営業許可、会社設立、会計記帳コンサルなどをメインの仕事としている。建設業の申請は年間100件。風俗営業の許可申請は年間40件。M&Aアドバイザーとして、中小企業のオーナー社長のM&Aにかかるコンサルティング、売買の仲介業を行う。また、後継者育成なども手がけている。北海道の企業は地元のM&Aアドバイザーが仲介に携わるべきだとの信念を持ち、赤字会社でも小規模ビジネスでも、円満なM&Aを目指して奮闘中。
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