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ホテル・旅館業界における廃業とM&A

2020/06/11
更新日:2024/05/13

はじめに

近年、海外からの観光客の増加によってホテル・旅館業界の売り上げは好調に推移し、国内の主要都市でホテルの建設ラッシュが続き、業界全体としても活況を呈していました。しかし2020年に入ってからは新型コロナウイルス感染症に伴う入国制限・外出自粛の影響で海外からの観光客が激減し、国内旅行もキャンセルが相次ぎました。その結果多くのホテル・旅館が営業休止に追い込まれるなど、きびしい状況へと一変しました。将来の展望が不透明な時代のなかで、ホテル・旅館業界における廃業、M&Aをどう選択し、決断を下していけばよいのでしょうか。ホテル・旅館業界のM&Aにくわしい株式会社エクステンドのM&Aコンサルタントである伴 久盛さんに解説していただきました。


1.ホテル・旅館業界の動向

ホテルのフロントにあるベル

ホテル・旅館業界の動向は時代とともに大きく変化してきています。その流れを簡単に振り返ってみましょう。

(1)バブル期に建設されたホテルの現在

1980年代後半から1990年代の前半にかけてのバブル期には都市部はもちろん、地方でもリゾート地の開発とセットになって、大型ホテルの建設ラッシュが起こりました。また不動産投資の対象としてホテルが売買されるケースも目立ち、ホテルは都市開発のシンボルとして脚光を浴びました。しかし、バブル期の反動は大きく、現在はバブル期に建設された大型の宿泊施設のほとんどは廃業に追い込まれています。50室以下の小さな旅館をのぞいては、同じオーナーが継続して経営に関わっているケースはほぼありません。

(2)リーマン・ショックの影響

リーマン・ショックがホテル・旅館業界に及ぼした影響はかなり大きいものでした。リーマン・ショックをきっかけとして、団体旅行の割合が大きく減り、個人旅行や家族旅行などの小人数の旅行へと需要が変わってきたのです。ホテル、旅館もそうした変化に対応したサービスを重視する方向へとシフトしてきました。小規模の40~50室規模の小さな旅館が客室に露天風呂をつけたり、貸し切り風呂を作ったりするケースも目立ちます。露天風呂つき客室や貸し切り温泉施設など、宿泊施設内でのプライベート空間の価値が上がってきたのがこの10年間の大きな流れです。

(3)インバウンドの恩恵

現在、ホテルと呼ばれている宿泊施設は約1万件、旅館と呼ばれている宿泊施設は約4万件あります。2018年の観光庁の統計資料によると、インバウンド(外国人が日本に訪れる旅行)による市場規模は約4.5兆円という数字が出ています。一方、日本人による国内旅行の市場が20.5兆円なので、全体の8割は国内旅行者です。近年、インバウンドの増加にともなってホテル・旅館業界の業績が伸びていると言われていますが、インバウンドの恩恵を受けていない地域も多くあります。ホテル業界を支える軸となっているのはやはり国内旅行なのです。

(4)新型コロナウイルス感染症の影響

ホテル・旅館はきびしい状況に直面しています。おそらく3月以降の売り上げで黒字というところはほぼないでしょう。それぞれにできる範囲での企業努力をしているのが現状です。立地条件によっても対応策の立て方は異なりますが、県庁所在地の近くにあるホテルならばテイクアウトの弁当の販売を行ったり、名物料理がある旅館ならば料理の通販を行ったりと、それぞれが工夫を凝らしています。もちろん宿泊で得ることのできる収入と比べると、ほんの一部の足しにしかなりません。

今後はインバウンドよりも前に、まず国内旅行の需要をいかに回復していくかが鍵となっていくでしょう。

2.ホテル・旅館業界の廃業の要因

日本旅館の和室の室内

ホテル・旅館業館にも大型ホテルやチェーン展開をしているビジネスホテルから小さな旅館まで、様々なタイプがありますが、ここでは30室以下の小規模のホテル、旅館に絞って解説します。ホテル・旅館業界を取り巻く状況は急激に変化していますが、コロナ禍の前は、どのような要因で廃業を決断したのでしょうか。

(1)改装する資金不足

近年は出店のスピードのほうが圧倒的に早かったため、ホテルや旅館が廃業するケースはあまりありませんでした。廃業するケースの多くの場合は、建物や設備が古くなってしまったけれど、改装する資金を投入したくない、もしくはその資金がないというケースです。

ホテルは年数が経つと古くなります。定期的なメンテナンスはもちろん、改装も必要です。改装には多額の費用がかかり、そのコストを回収するためには長い年数がかかります。経営者が高齢である場合には、改装すべきタイミングで廃業を選択するケースも出てくるのです。

(2)後継者不在

ホテルや旅館の経営者が突然亡くなってしまって、やむなく廃業を選択したという事例もあります。後継者がいなかったことが大きな要因になるわけですが、ケース・バイ・ケースで、様々な事情があります。たとえば後継者の候補はいても、実際に引き継ぐ意志のある人間がいなかったというケースもあります。

また、借入金の額が大きすぎて引き継ぐのが困難だという理由から、後継者が見つからないケースも考えられます。

3.廃業を選択するうえでの障害

マネーという文字を手に持つビジネスマン

M&A・事業承継を検討している方へ

当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。

廃業を選択しようとしても、借入金が多すぎて多大な借金が残ってしまうため、踏み切れないケースもあります。仮に借入金が1億円あったとして、不動産売却益がそのごく一部の額にしかならなかった場合には、不動産を処分しても多額の債務を抱えることになるからです。廃業することもできず、倒産という事態になってしまったら、家族や従業員、取引先にも多大な迷惑をかけることになります。

借入金とのバランスを念頭においた経営が理想ですが、現実にはそんなに簡単ではありません。このような場合は、廃業ではなくM&Aを選択することで、借入金の問題をクリアできる可能性もあります。

4.ホテル・旅館業界のM&Aの特徴

老舗旅館の外観

ホテル・旅館は特殊な業界であり、M&Aも独特です。どのような特徴があるのか見てみましょう。

(1)異業種からの参入が多い

M&Aは、一般的には同業同士で行われることが多いのですが、ホテル・旅館業界は他業種からの参入が多いのが大きな特徴です。飲食業界、不動産業界、観光業界など、ホテル・旅館と関わりのある業界、隣接する業界の企業が名乗りをあげて、M&Aを成約させるケースが目立っています。多角的な経営の展開、買い取ったホテルのある地域へ進出するための拠点作りなど、長期的な視野での経営戦略がM&Aへのモチベーションとなっているのです。

(2)大規模ホテルから小規模ホテルへ

新型コロナウイルス感染症の影響は長期間にわたって続くことが予測されます。特に利用客への心理的な影響は重要なファクターでしょう。ホテル・旅館を選ぶ上で、安全面が大きなポイントとなるのは間違いありません。たとえば、これまで人気を集めていた大きなホテルの大規模なバイキング・スタイルのビュッフェよりも、小さな旅館の個室で御膳での食事を提供するスタイルが好まれる可能性はきわめて高いです。また露天風呂付きの個室、貸し切り露天風呂のあるところは、さらに強みを発揮することになるでしょう。

M&Aにおいては大規模ホテルが人気だったのですが、コロナ禍では、50室以下の小規模なホテル・旅館の価値が高まることが予想されます。大規模ホテルはそれだけ買取価格も大きくなり、投資額が大きくなります。小規模なホテル・旅館であれば、投資額を抑えることができ、リスクが少なくなります。先行きが不透明な時代なので、リスク・マネージメントはより重要になるでしょう。

5.M&Aにおけるメリット

芝生に並べられたMERITという文字

M&Aを選択した場合のメリットを解説していきます。

(1)売却益を得られる

廃業を選択した場合には、ホテル・旅館の価値は不動産だけになってしまいます。しかしM&Aを選択した場合には、ホテル・旅館の不動産だけでなく、建物・設備、さらには人材やノウハウも価値としても算出されることになります。そのため、債務の額も大幅に軽減することができます。それぞれの状況によって違いますが、債務から解放されるのみならず、資産が残るケースもあります。

(2)従業員の雇用を守ることができる

ホテル・旅館は多様なスペシャリストが必要な業界であり、関わっている人間それぞれが様々なスキルを見に付けています。技術・知識・経験は短期的に習得できるものではありません。つまり人材の価値がとても大きい業界なのです。M&Aを行えば、売手は従業員の雇用を守ることができ、買手は人材を確保できるので、双方にとってメリットとなります。

6.M&Aで気をつけるべきポイント

旅館の露天風呂

M&Aを成約させるためには注意しなければならないポイントがいくつかあります。くわしく見ていきましょう。

(1)会計の透明性の維持

ホテル・旅館は日銭が入ってくる現金商売という側面があります。それだけに会計の精度を上げることが重要なポイントです。帳簿に載っていない会計があったり、正確な資料が作成されていなかったりして不備があると、M&Aそのものが不成立となる可能性があります。M&Aにおいては売手と買手との信頼関係が不可欠だからです。

家族経営をしている旅館などで、会計の管理が行き届いていないケースもあります。顧問税理士に相談して日頃からしっかりとした会計資料を作成しておきましょう。

(2)人材という財産こそがM&A成功の鍵

設備や不動産のように明確な基準にあるものだけでなく、ノウハウのような形のないものの価値を買手に理解してもらうことが大切です。小規模旅館では、働いている従業員ひとりひとりが重要な要素になります。人材こそがM&Aを成功させる鍵になることが多いのです。

(3)買手の視点によってホテルや旅館の評価が変わる可能性も

ホテル・旅館は特殊な業界であり、人材、ノウハウ、設備など、評価の仕方によって、資産価値が大きく変わってくる可能性があります。たとえば、ホテル・旅館の中に余っている土地・スペースがある場合には部屋を改装して、露天風呂付きの部屋にすることも可能です。買手が改装を前提として買い取る場合には、空いたスペースの価値も考慮してくれるでしょう。既存施設にこだわらない買手も少なくないと思っていただいて結構です。これらの施設がない旅館でも、土地があれば、売りのチャンスは残ります。買手の視点や判断基準によって、ホテルや旅館に対する評価が変わる可能性があることも理解しておきましょう。

7.まとめ

本の上で手を組むビジネスマン

新型コロナウイルスによって状況が激変し、先行きが不透明ななかで、事業を存続させるのか、廃業するのかの決断は難しくなっています。正しい判断をするためには、正しいアドバイスと正しい情報が不可欠です。M&Aを検討する場合にはホテル・旅館の事情を理解してくれる専門家や仲介会社に相談することをおすすめします。会社の資産価値を正当に評価し、強みだけでなく、弱みも理解してくれるアドバイザーならば、頼もしいパートナーになってくれるでしょう。

話者紹介

伴久盛さん

株式会社エクステンド M&Aコンサルタント

伴久盛(ばん ひさもり)

元旅館経営者。東日本大震災後、事業継続を断念、廃業。経営者であり、後継者でもあった自身の経験を活かし、中小企業の事業再生・継続・廃業をサポートする㈱エクステンドに入社。旅館業のサポート(経営改善・M&A)実績多数。特に、後継者育成(数値管理等儲かる仕組みの構築、計画実行支援)に定評あり。M&Aにおいては、旅館業出身者ならではの着眼点で、セールスポイントを見いだし、買い手候補との良好な交渉を引き出しています。

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