アプリのM&Aは本当に盛んなのか?業界の現状に見る夢と現実
はじめに
M&Aといえば、企業と企業や事業部などのビジネスモデルを対象にした買収や合併、売却などのイメージが一般的です。ところが最近ネット上では、アプリ単体のM&Aが増加傾向にあるという情報が見受けられます。
私たちの生活に浸透していて誰もが日々当たり前のように使うアプリですが、「今やアプリ単体でのM&Aができるのか?」という驚きを持つ人も多いでしょう。そんな事例が本当にたくさんあるのでしょうか?
人々の生活に欠かせないツールとなったアプリのM&Aという華やかなる話の実情はどうなのか、そしてアプリ関連M&Aが実際に進行する場合の方法に関して、IT業界関連のM&Aに詳しいxxx(エイジィ)株式会社の高田さんにお話を伺いました。
目次
1.混同しがちな「アプリ」という言葉についての認識をいま一度確認
今日、「アプリ」という言葉が日常生活でよく使われるようになりました。
「アプリ」の本来の意味としては、ユーザーが直接操作する「アプリケーションソフトウェア」の略語であり、ユーザーが触れない裏側で動く「システムソフトウェア」と対比される概念です。しかし、一般に用いられる場合にはもう少し限定された範囲を指すことが多いでしょう。
アプリ関連M&Aの本題に入る前に、「アプリ」という言葉の意味を少し整理しておきたいと思います。
(1)Webアプリとネイティブアプリ
ネット上などで「Webアプリ」と「ネイティブアプリ」が比較されて語られることがよくあります。技術的な文脈においては「Webアプリ」とはWebの規格を利用したアプリのことで、狭義にはWebブラウザの上で動くアプリを指します。
「ネイティブアプリ」という言葉は文脈によって意味する範囲が変わりますが、Webアプリと対比させる場合には「Webアプリ以外のアプリ」ということになります。
(2)配布経路
ビジネスにおいての文脈ではまた少し話が変わります。昨今、一般ユーザーがアクセスできる形でアプリを配布する経路は、大まかに2つです。
1つはWebページ上で実行されるアプリで、ブラウザ上で動作する狭義のWebアプリになります。ユーザーはインストールせずとも、URLのリンクをブラウザで開くだけで利用することが可能です。
インストールできる形式のものも存在しますが、その場合もブラウザ内で行うことになります。配布方式を念頭に置いた文脈においては、これらの呼称は「Webアプリ」です。
もう1つはプラットフォーム毎のアプリストアからの配布です。iOSにおいてはApp Store、AndroidではGoogle Playストア(あるいはWindowsのMicrosoft Store)に作成したアプリを登録し、ユーザーもそれらのストアからインストールして利用します。
配布方法において「Webアプリ」と対比してこれらを「ネイティブアプリ」と呼びます。しかし、この場合Web View等を用いた、技術的には広義のWebアプリとなるものも含まれてしまうので注意してください。
もちろんこれら以外の経路も存在します。しかしながら特にスマホの場合は、他の方法で配布されたアプリをインストールするのはハードルが上がるため、大多数のユーザーの入手方法は上記のいずれかからのアクセスです。
それぞれの利点などの比較について本記事では言及しませんが、ストア配布のアプリの方が存在感は強く、一般に「アプリ」と呼んだ場合にはそれを指すことが多いでしょう。結論として一般的に「アプリ」≒「ストア配布のアプリ」とし、本記事でその前提で話を進めます。
2.アプリのポテンシャルを考える
アプリには、ゲームアプリやマッチング系アプリ、あるいは生活や趣味に使える便利系アプリ等、多種多様なものがあります。
(1)日本国内の売上シェアの約9割はゲームアプリ
現在、日本国内のアプリ市場における売上の約9割は、ゲームアプリが占めます。しかし、ゲームアプリで人気を獲得するためには、コンセプトの構築や魅力あるキャラクターの設定など、様々な作り込み作業やノウハウが必要となり、その人気は一朝一夕には築けません。
売上ランキングで上位を占めるゲームアプリの制作・運営は、複数のプロフェッショナルたちが組み上げる、ひとつの大きいプロジェクトであるといっても過言ではないでしょう。
よって、個人事業主や小規模の事業会社がそこに参入し、すでに多くのユーザーを獲得しているゲームアプリと戦いながら高値売却を目指すのは至難の技とも言えます。
(2)新規参入のキーワードは「ニッチ」
ゲームアプリのような継続して売上をあげているアプリは、その不動ともいえる地位を制作者たちのたゆまぬ努力で維持しています。そんな中、新規参入の狙い目はニッチなカテゴリーです。
ニッチなカテゴリーであれば、個人が作ったアプリでも勝負できる分野はまだ多く残されています。
尖った内容や斬新な視点で差別化を図り、ニッチな分野でも特定のユーザーのトラフィック(流入)が獲得できるアプリを開発できれば、企業によるM&Aの対象になる可能性は充分に考えられます。
3.アプリ関連M&Aの実例
M&A・事業承継を検討している方へ
当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。
ネット情報では、アプリ単体の売却が盛り上がっていると思わせるような記事も見受けられます。しかし結論からいうと、アプリ関連のM&Aにおいて、アプリ単体でのM&Aは事例として決して頻繁にあるものではありません。
ここでは参考に、国内および海外のアプリ関連M&Aで話題になった実例を紹介します。
(1)日本国内で最大級のアプリ提供会社のM&Aとは?
アプリM&Aの事例として日本で最大級の事例は、外資系企業によるマッチングアプリ「pairs」およびカップル向けアプリ「Couples」を提供・運営するエウレカ社の大型買収です。
2015年5月、アメリカはニューヨークに拠点を置くIACグループ傘下のThe Match Groupがエウレカの発行済株式を全て取得しました。あくまで企業まるごとの買収であり、アプリだけが売却されたのではありません。
IACはMatchやTinderをはじめ世界各国でマッチングサービスを展開してきました。ほかにも動画配信サービスのVimeo Q&AサービスのAsk等、日本人ユーザーも多数利用しているようなサービスをIACは保有しています。
そのアジアの日本において、エウレカが運営するマッチングサービスアプリ「pairs」はFacebook認証を使うマッチングサービスで、2015年10月時点で会員数300万人を突破していた超人気アプリです。
またエウレカの別のサービスでは、カップル向けコミュニケーションアプリ「Couples」も非常に好調であり、同時点で300万ダウンロードを超えていました。
そんなエウレカは、IACにとって魅力的なスタートアップ企業、つまり新しいビジネスモデルで急成長中の企業であり、M&Aの対象になる資格は充分だったのでしょう。
(2)大学生のアプリが大企業に事業譲渡
次に挙げるのは、個人が開発・制作したアプリが大企業の事業譲渡対象になった珍しい事例です。2018年6月、慶應義塾大学の学生が個人で制作した俳句投稿アプリである「俳句てふてふ」が事業譲渡されました。譲渡先はなんと毎日新聞社です。
このアプリは、その時点ですでに全国的に有名なアプリでしたが、開発者である大学生は継続的なアプリ運用リソースに限界を感じていました。
そこで、長年にわたってクオリティの高い俳句コンテンツを提供してきた毎日新聞社が、既存コンテンツとのシナジー効果に期待を寄せて、M&Aを持ちかけたのです。
事業の譲受にあたり毎日新聞社は、当の大学生に譲渡後も「アドバイザー」という立場で、引き続き「俳句てふてふ」が提供するサービスに関わってもらうという契約を交わしました。
俳句に関する豊富な知見ならびに人脈を有する毎日新聞社は、アプリ運用という新規事業に乗り出したのです。
数少ない個人制作アプリの事業譲渡の場合は、製作者が当初から企業による事業譲渡を見すえてアプリを制作する場合と、そういうことを一切意識せずにマーケットの需要に向けて制作したものが結果的に事業譲渡につながるという場合があります。
前者は、一般ユーザーの目線に立って、解決して欲しいと感じている課題を見つけ、そこからの逆算でコンセプトを作っていくケースがあるようです。
しかし、その制作プロセスは一般企業にとっても基本中の基本の戦略となっているので、結果的に企業と競い合わなくてはいけなくなってしまいます。そのような厳しい競争の中でユーザーに浸透するサービスを運営するためには、壮絶な努力が必要です。
後者のように、趣味が発露となって生まれたアプリに企業からM&Aの引き合いが来るようなケースは、ある意味理想的とも思われます。ただし、趣味嗜好への人並み外れた深い造詣や掘り下げが必要でしょう。
(3)世界最大級のアプリ関連M&A
世界最大級のアプリ関連M&Aとして知られるのは、何といっても2012年のFacebookによるInstagramの買収劇でしょう。最終的な買収額は7.15億ドルといわれています。そしてこれもまた、アプリ単体ではなく企業まるごとの買収です。
Instagramは2010年10月にアプリをリリースし始めたばかりで、買収当時の社員はわずか13人でした。会員数は急増していたものの、売上高はまだほぼゼロの状態です。
そんな企業に対してFacebook は、それまでのM&Aの展開の中で最大の金額をつぎ込んだのです。
いわば零細企業を巨額で買収するというこのニュースに、シリコンバレーやネット関連IT業者は騒然となりました。しかしその後のInstagramの伸びを見れば、その凄まじい伸びしろを見抜いたザッカーバーグの慧眼のなせる業というほかはありません。
4.素人が開発したアプリのM&Aは現実的なのか?
先の例のように、勢いのあるアプリ制作・運営会社の事業売却や株式譲渡などのM&Aであれば、多額のお金が動くことになります。
しかし、ネットで散見されるような、個人事業主がアプリのM&Aで大儲けができる時代が来たかのような情報には、少々首を傾げざるを得ません。
たしかにアプリ自体は、未経験者でも努力すれば個人でも作ることができます。しかし、それが簡単にM&Aの対象になって企業から引き合いが来るなどは少々現実とかけ離れた話です。
5.アプリ関連M&Aのパターン
アプリ関連のM&Aは、実際にはどのようなパターンがあるのでしょうか。個別に見ていきましょう。
(1)アプリ単体のM&A
会社や事業部ではなく、特定のアプリを譲渡するM&Aです。インターネットではこれが盛んであるような情報が見受けられます。しかし、実際はウェブサイトの売却と比較してしまうと、アプリM&Aが盛んであるとは決して言えないのが現実でしょう。
その理由の1つとして、ウェブサイトの譲渡のような一般的な事業譲渡とは違って、アプリ単体を譲渡した場合、プラットフォームの方針に応じたアップデートの対応など、買収後の保守コストが高くつきます。
つまり、アプリというものはAppleやGoogleに依存するところが大きく、彼らのルールや規格にのっとって開発・運用しなければなりません。おまけにAppleやGoogleに対して、売上の約30%というロイヤリティを払い続ける義務があるのです。
(2)アプリ制作会社のM&A
アプリ制作会社とは、主にアウトソーシングとして受注したアプリを制作する会社です。企業が自社アプリのためにこのアプリ制作会社を買収するタイプのM&Aは、開発リソースのみを買ういわゆる「機能目的の買収」になります。
(3)アプリ制作・運営会社のM&A
アプリ制作・運営会社とは、アプリを作って運営までこなす「サービス会社」です。つまり、アプリを開発するだけにとどまらず、一般の事業会社と同じく売上を生み出す能力があります。
アプリの企画開発コストは高くつくものですが、買収側の大企業からすれば、アプリ制作・運営会社を丸ごと買収してしまえば、アプリも運用体制も売上もすべて手に入れることができます。そのため買収が成立しやすい側面があるのです。
また、昨今ではほとんどの大手企業が自社のウェブサイトと同様に、自社アプリを制作してユーザーに提供しています。例えば、ディズニーランドを運営するオリエンタルランドやマクドナルド、あるいは大手コンビニエンスストア等、枚挙にいとまがありません。
例で挙げたような資金力のある規模が大きい企業は、自社で有能な人材を多数採用できるので、アプリに関するすべてを自社内で完結することができます。一方、中規模以下の企業の場合は、自社アプリを持ちたくてもそこまでの知見もノウハウもありません。
そこで「時間」や「ノウハウ」を買う意味合いで、アプリ制作・運用実績のある会社を買収するということがあり得ます。
6.アプリM&Aの株式譲渡・事業譲渡・会社分割の違いについて
ここまでで述べたようなアプリ関連M&Aの現状を認識した上で、アプリ関連M&Aの具体的な方法に関してお話ししましょう。
(1)株式譲渡
アプリ制作・運営会社のM&Aで株式譲渡という手法をとる場合は、具体的にいうと会社を丸ごと買うということになります。
メリットとしては、その会社に所属する人材もソフトウェアも施設も含めて、経営資源すべてを譲り受けることになるので手続きが簡略化でき、その後の運営も買手の意向に沿って進めやすいことです。
一方で、デメリットもあります。全てを引き受けるということは、様々なリスクも含めて抱え込むことになりますので、買手としては相当の覚悟が必要でしょう。
(2)事業譲渡
アプリ制作・運営会社のM&Aでも、特定のアプリのみの事業譲渡であれば、話はまた違ってきます。なぜなら事業譲渡は譲渡対象を明確に定義して進めることができるからです。
つまりメリットとして、譲渡対象を必要なものだけに限定してしまえば、無用なリスクまで抱え込む必要がなくなります。
デメリットは、事業譲渡においてはM&Aの前後で運営社が変わるので、利用中のユーザーがいれば契約書の再締結が必要になる場合もあり、その変更にあたり通知や様々な調整などの手続きが発生することです。
7.まとめ
アプリ関連のM&Aは、一見時流に乗っているかのように見えますが、現状としては世間でいわれるほどバラ色のものではなく、M&Aが成立するためには様々なハードルをクリアしなければなりません。
よって、個人事業主がアプリの売却を考える場合は、現実を見すえて計画を立てる必要があります。
とはいえ、今後もスマホユーザーは様々なアプリをAppleやGoogleのストアでダウンロードし、思い思いに使用したり、楽しんだりする流れは今後も続くでしょう。だからこそ、そこにビジネスチャンスがあることは間違いありません。
話者紹介
xxx株式会社
代表取締役 高田圭
1985年神奈川県出身。経営に興味を持ち、在学中に中小企業診断士合格。
学生インターンを経て、2008年4月に株式会社ブレイン・ラボに新卒入社。
人材ビジネス業界でNo.1のクラウドサービス『CareerPlus2』の事業を立ち上げ、単年度の赤字7000万円という危機的な状況から、年間営業利益2.3億円になるまで、ターンアラウンドを成功。
株式会社じげん(東証一部)に11.7億円でM&Aにて売却。M&A後はブレイン・ラボの取締役副社長を務めながら、じげんの主力事業である求人領域の4つの事業部の事業部長と経営企画を兼任。
2015年8月、xxx株式会社(呼称:エイジィ)設立、代表取締役に就任。
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