クリーニング業界におけるM&Aの実例解説
はじめに
クリーニング業界は、庶民の日常生活に密着した業種でありながら、その実態はあまり知られていない業種です。街中で私たちが接する「クリーニング店」は、来店した客から衣服や布団などを預かり、洗濯して返却するというサービス業です。
これに類似した業態として「リネンサプライ」という事業があります。これは、オーナーが所有するリネン類(布団・毛布・病衣など)を消費者に貸し出すレンタルサービス業で、オーナーが常にレンタル用商品を在庫として保管している点が一般のクリーニング店とは異なります。
近年、これらクリーニング業界においてもM&Aの波が押し寄せてきています。実際に、事業の売却について真剣に考慮している人の中には、M&Aに踏み切ることを躊躇し続けているオーナーも少なくないようです。
そこで、クリーニング業界のM&Aに詳しい株式会社アトムズの武田さんに、クリーニング業界のM&Aについて現在の状況とその実例、さらにはメリットや注意点などを解説していただきました。
目次
1.クリーニング業界の現況
日本におけるクリーニング業の市場規模は、約7,000億円弱といわれています。この数値は、最盛期と比較して半分から3分の1近くにまで落ち込んでいると試算されており、クリーニング業界の市場は縮小傾向にあります。
かつての日本社会では「クリーニング屋さん」の呼び名で親しまれ、店の大半が家族総出で仕事をこなす家内サービス産業の代表格として知られていたことを考えると隔世の感があります。
かつて隆盛を誇ったクリーニング市場の縮小に至ったのには、以下の3点が大きな要因と指摘されています。
・ファッション意識の変質
アパレル・ファッションに対する特に若者層の意識変化により「同じ服をクリーニングして長く着用する」という意識が薄くなった。
・買い替えサイクルの変化
デフレによる衣服類の低価格傾向により、衣服の買い替えサイクルが早くなったことでクリーニングの必要性が少なくなり、クリーニング店の利用客が減少した。
・クリーニング店を利用する慣習の消失
以前は、男性社会人がスーツやワイシャツを定期的にクリーニング店に出す習慣があり、店もワイシャツのクリーニングが売上の多くを占めていた。ところが近年、ノーアイロン仕様のワイシャツが増えて、クリーニング店を利用する社会人が減少している。
上記のように、かつては社会人の誰もが当たり前のように利用する、いわば「クリーニング文化」ともいえる慣習が日本社会にあったのです。この慣習がなくなりつつあるというのが、クリーニング市場が縮小した根本原因といえそうです。
そして「白洋舎」「ポニークリーニング」「オゾンクリーニングのきょくとう」などに代表される大手企業のシェアが年々高まり続けていることが、ほかの業種と同様にクリーニング業界のM&Aにも拍車をかけています。
大手のクリーニング業者は、街の中小クリーニング店を直接買収するなど、フランチャイズ(FC)化して自社の傘下に収める戦略をとっています。この点は、個人経営の食料品店や雑貨店などがスーパーマーケットやコンビニチェーン店に衣替えとなった現象と同じ構図といえるでしょう。
2.クリーニング業におけるM&Aの実際
時代の流れとともに厳しい状況に置かれているクリーニング業ですが、後継者がいない中経営者が事業を売却したいと考えるのは必然のなりゆきともいえ、業界内での事業承継ニーズは高まりを見せてきています。クリーニング業界のM&Aは、今後もさらに活性化していくことは間違いないでしょう。
現在、街中には小さな個人店舗から大企業が運営するFC店舗まで、大小様々なクリーニング店があります。そこで、これらのクリーニング店のM&Aの現況を俯瞰してみましょう。
(1)小規模クリーニング店の場合
1~2店舗程度を家族経営で運営している小規模の「街のクリーニング屋さん」は、規模を理由に買収の対象となりにくいケースが多い状況です。このような買手がつきにくい小規模クリーニング店は、M&A仲介業者からの支援も受けにくいために、事業承継を断念せざるを得ない結果となってしまいがちです。この対策は、今後の大きな社会的改善課題といえるでしょう。
(2)中規模クリーニング店の場合
5店舗以上を運営する中規模クリーニング店に関しては、小規模店舗と比べ買手がつきやすくなります。これら中規模クリーニング店は、実は後継者がいる企業様が多く、いわゆる後継者不在問題は抱えていないものの、市場縮小の影響を受けて業績低迷という大きな経営課題を抱えています。
すなわち、人財部分での事業継続問題はないものの、クリーニング事業をとりまく環境の変化によって、これ以上の事業拡大が望めないという点です。「それならば、いっそ事業価値があるうちに売却を・・・」とオーナーが考えるのは必然であり、中規模クラスの事業であれば、がぜんM&A市場も活性化してくるという図式があるのです。
3.クリーニング業界におけるM&Aの市場性
M&A・事業承継を検討している方へ
当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。
ある企業が異業種の企業を買収しようとする際には、必ず企業なりの採算を基にした戦略が存在します。すなわち「M&Aに適した市場(マーケット)」が存在するわけです。それでは、クリーニング業界におけるM&Aにはどのような市場性があるのでしょうか?
(1)クリーニング事業の譲渡対象
クリーニング事業では、街中にあって取次機能を持った「店舗物件」と、顧客から預かった衣服を洗濯する「工場物件」の2種類の物件が主なM&Aの譲渡対象となります。
(2)店鋪物件のM&A
クリーニング業を営む実店舗は、今でも街中で見かけるものの、M&Aの対象としてさほど需要は高くありません。立地条件や店舗面積など、買手が要求する明確な基準に合致する物件でなければM&Aは成立しないからです。ただし「自社では未開拓の空白エリア」の獲得に魅力を感じる企業もあり、条件次第でM&Aが成立することもまれではありません。
(3)工場物件のM&A
クリーニング事業のM&A市場では、工場物件は店鋪物件と比べるとニーズが高い状況です。自社ではまかないきれない作業があるために、新たな工場を確保して事業を拡張したいと願う業者や現時点で外注している洗濯工程を自社内製化に移行したいという願望がある企業にとっては、まさに「目的に合致したM&A物件」といえるわけです。
(4)店舗・工場の同時M&A
地方から都市部へ、あるいは都市部から地方へと自社の事業エリアを拡張する戦略がある企業では、店鋪物件と工場物件を同時にM&Aをするという実例もあります。
(5)M&Aのスキーム
クリーニング事業のM&Aスキームには、以下の3種類があります。
- ・株式譲渡:株式のみの売却
- ・事業譲渡:事業のみの売却
- ・居抜き譲渡:店舗のみの売却
店舗と工場を同時にM&Aをする場合には株式譲渡のスキームが多く、それ以外の工場や店舗のみといったかたちでは、事業譲渡や居抜き譲渡のスキームが多い状況です。クリーニング業に限らず、店舗契約、取引先との契約等が多い企業様については、現行の契約が維持できる株式譲渡によるスキームが多く使われています。
4.クリーニング事業におけるM&Aのメリット
当然のことですが、M&Aにおいては売手と買手の両者にメリットがなければなりません。そこで、クリーニング事業におけるM&Aのメリットについて列挙してみましょう。
(1)売手のメリット
売手であるクリーニング業者がM&Aを成功させた後に享受できるメリットは、以下の5項目に集約できます。
①従業員の雇用維持
事業の廃業は、従業員の解雇を意味します。オーナーの都合によって失業者を出してしまうことは社会的にも望ましくありません。M&Aによって事業が存続できれば、従業員の雇用維持につながるので、社会的にも大きな意義とメリットがあるのです。
②借入金の連帯保証から除外
クリーニング店に限らず中小企業のオーナーは、自宅を担保にして事業の運転資金を借り入れているパターンが多くあり、事業が継続できなくなると家族が住む家を失うことになりかねません。M&Aによって借入金の連帯保証から外れることになれば、このような事態を避けられます。
③屋号の継続使用
M&A実行後、数年して店舗名や企業名がなくなってしまうことはあります。クリーニング事業のM&Aについても同様ではあるものの、地域社会に馴染みが深いクリーニング店の「屋号」が残ることもあり、この場合は売手にとっても愛着のある屋号が失われるという懸念材料が払拭されることとなります。
④売却益の有効活用
M&Aによって得られる売却益は、オーナーとその家族にとっての新たな人生設計のために役立つことでしょう。
(2)買手のメリット
クリーニング業界は、一般にはM&Aとの結びつきがあまり連想されにくい業種のように思われますが、実は買手にも以下のようなメリットがあるのです。
①事業が効率よくスピーディーに
クリーニング事業は、設備投資を含む事業ノウハウが多い上に業務自体が複雑なため、ゼロの状態から起業するにはかなりの資金と労力を要します。M&Aによって事業がよりスピーディーに進み、経済的にも効率的にも大きなメリットとなります。
②有能な人材を確保
衣服類のクリーニング作業には、高い技術とかなりの熟練が必要とされています。しみ抜きなどの特殊なスキルを持つ技術者や、各都道府県知事が認可する「クリーニング師」などの公的資格を有する人材を確保できるという利点もあります。
5.クリーニング業におけるM&Aの事例
M&Aを考えているクリーニング業のオーナーには、おそらく「実際にクリーニング業界のM&Aは、どのようになっているのだろうか」という疑問があることでしょう。
そこで最近の実例を、以下に挙げてみましょう。
(1)地方からM&Aで大都市に進出
M&Aというと、都市圏にある大企業が地方の企業を買収し、傘下に収めていくというイメージを連想する人が多いでしょう。いわば、巨大な肉食恐竜が小さな草食動物を飲み込んでいくイメージともいえます。しかしながら、クリーニング業におけるM&Aの現場では、そのような固定観念を否定するような現象が少なからず見受けられます。
①地方都市のクリーニング業者が、首都圏のクリーニング店を買収
これは、「大都市の大企業に飲み込まれる地方企業」というイメージとは正反対の事象です。地方から都市部に進出したいと願う地方企業にとっては、M&Aが格好の手段となった好例といえます。
②リネンサプライ業者が某クリーニング工場を買収
クリーニング事業の一端を担うリネンサプライ業者にとって、同じ業種ながら事業形態が異なるクリーニング工場を買収することは、事業拡張への第一歩でもあります。
(2)地域社会への貢献
M&Aにも多様なパターンがありますが、クリーニング事業のM&Aにおいては、その多くが売手と買手の両者にメリットがあるだけでなく、地域社会から消えつつあったかつての「街のクリーニング屋さん」が、全く新しい近代的なサービスを提供するショップとして蘇ることとなります。
このことは、地域社会の発展につながるとともに大きな社会貢献となります。
6.クリーニング業におけるM&A成功のポイント
M&Aによって事業発展を達成できた企業は数多く、無数の業種・業態の企業がある中で、クリーニング業も決して例外ではありません。以下に「クリーニング業におけるM&A成功のポイント」を挙げてみましょう。
(1)売手の成功ポイント
「M&Aは企業同士の結婚である」とはよくいわれる格言です。確かに、それまで全く知らない者同士だった男女が仲人の紹介でお見合いし、交際を経て結婚式に至る過程は、仲介業者に委ねて企業同士がひとつになるM&Aと似た部分があるといえるでしょう。
売手から見たクリーニング事業におけるM&Aの成功ポイントは以下のようになっています。
①的確なアドバイスが必要不可欠
M&Aが「結婚」とすれば、俗にいう「マリッジブルー」もありそうです。
M&Aを実現した両企業が「こんなはずではなかった」と後悔しないためにも、仲人たるM&A仲介業者のアドバイスは貴重です。加えて、クリーニング事業については、土壌汚染等異業種にはない特殊な事情もございます。そのため、経験豊富で売手の立場を理解している仲介業者に依頼したいものです。
②適切な売却価格での交渉が大切
M&Aは、ごく単純にいうと「企業権益の移譲」と表現できます。ただし、実際のM&Aの現場では、どうしても買手が優位に立ち、売手の立場が弱くなる傾向があります。現実には、M&A相場に精通していない売手が、売却価格を相場より高く設定して交渉が不成立となることも多いのです。
これを防ぐために、仲介業者が適正価格をその根拠とともに示すことが重要です。また、価格に限らず契約書の内容についても、クリーニング事業に限り必要な条項もございます。そのため、繰り返しになりますが、経験豊富で売手の立場を理解している仲介業者に依頼したいものです。
7.クリーニング業におけるM&Aの企業価値算出方法
M&Aの相場をよく理解しておくことは、M&Aを実行するにあたって売手にとっては大変重要な項目となります。現在、M&Aの相場価格算出法には以下の3種類があります。
(1)コストアプローチ法
純資産価値を基準とする算出法です。帳簿価格に準拠し、含み損益を合算した時価純資産に貸借対照表では表現できない人財・ノウハウ・顧客等の営業権を加算する方法になります。
(2)インカムアプローチ(DCF法等)
「収益還元法」とも呼ばれ、将来的に予測される利益やキャッシュフロー、それに配当額を現在の価値として算入する点が特色です。
(3)マーケットアプローチ(マルチプル法等)
同業者の企業価値や時価総額と比較して算出した率を表す数値を「マルチプル」と呼び、これに基づいて計算する方法です。
DCF法は、スタートアップや大企業の場合に用いられることが多く、一般的なクリーニング事業のM&Aではコストアプローチ法が適用されることが多いです。
M&Aを考慮するクリーニング事業のオーナーは、コストアプローチ法を用いるか顧問税理士に相談をしてベースとなる時価純資産を把握し、専門家を通じて引退後の人生を考慮した希望譲渡価格との差異を確認してみることをおすすめします。
8.クリーニング業におけるM&Aの仲介会社との出会い方
近年、異業種同様に増加傾向にあるクリーニング事業のM&Aですが、実際の現場では以下の4つのパターンでM&A会社と出会っています。
- ・「事業引継ぎセンター」などの公的機関からの紹介
- ・仲介業者が支援したクライアントからの紹介
- ・仲介業者の個人的な人脈からの紹介
- ・仲介会社から対象となる企業へ直接アプローチする
クライアントや個人的な人脈からの紹介については、実際にM&Aに携わった仲介業者にコネクションがなければ紹介を受けられないので、「M&Aについては暗中模索状態」というオーナーは、公的機関を訪れて相談してみるのも良い方法でしょう。
9.クリーニング業におけるM&Aの注意点
M&Aにおいては、業種や業態によってそれぞれに状況が異なる部分がかなりあるため、それに伴う注意事項が少なからず存在します。
以下に、その注意点を列挙します。
(1)土壌汚染
クリーニング作業では、衣服類の洗濯という業務の特性上、特殊な洗剤が使用されています。特に「テトラクロロエチレン(別名パークロロエチレン)」と呼ばれる溶剤は、土壌汚染の原因となる可能性を指摘されています。近年の環境保護政策の高まりを受け、現在では法改正によって厳しい規制が設けられています。
クリーニング工場を取り壊す際には、買収する企業が土壌汚染調査を義務付けられる可能性が高く、その費用も決して無視できません。
(2)人事労務問題
売手の企業がアルバイトやパートタイマーへの賃金未払いを抱えている場合や、現時点で従業員の賃金が最低賃金を下回っている現実が発覚するという事態も発生しています。売手に、このような人事労務問題がある場合は、買手にもその対応が求められることも予想されます。社会問題化しかねない売手の労務管理の瑕疵について、買手は慎重に調査しておく必要があるでしょう。
10.まとめ
以上、一般にはあまり知られていない「クリーニング事業におけるM&A」について、その概要と実例、注意点などについて詳述しました。
クリーニング事業に関わらず、事業承継は先送りしても問題の解決にはなりません。特に、後継者不在による事業存続の可否については、一刻も早くM&Aの専門家に相談し、しかるべき対応策を講ずることが大切です。
検討によって顕在化した不備や障害を個々に取り除いた上で、晴れて買手企業に譲渡するための行動に移すことがなにより重要です。準備不足なのに焦って先走りしてしまうと売却条件が厳しくなり、長年にわたって築き上げた自社の企業価値を下落させてしまうことにもなりかねません。
クリーニング事業のオーナーが長年守り続けた自社のブランド価値を下げることなく、信念を持ってM&A市場に参画することを心から願っています。
話者紹介
株式会社アトムズ 武田晃直
略歴:大手美容メーカー、システム会社の営業を経て、同社M&A支援会社を立上げ、チーフアドバイザーとして中小企業を中心にM&A、事業承継、事業再生のご支援に従事。事業活動を行いながら、グロービス経営大学院大学にてMBAを取得。現在は、株式会社アトムズ執行役員、多摩地域事業引継ぎ支援センターマッチングコーディネーターとして、中小企業の事業承継支援を行う。併せて、株式会社エリアノのCFOとして事業戦略及び資本戦略を中心に事業活動に従事。
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