調剤薬局でM&Aが増えている理由とメリット・成功のポイントを紹介
はじめに
調剤薬局業界は医薬分業を背景とし、急速に市場が拡大してきました。現在は、度重なる調剤報酬の改定や創業世代の高齢化など、様々な理由からM&Aの動きが活発化しています。ここでは、調剤薬局業界の現状やM&Aを活用するメリット、調剤薬局のM&Aを成功させるためのポイントについて紹介します。
1.調剤薬局業界の現状
(1)調剤報酬が収入源
調剤薬局とは、医師の処方せんに基づいて薬の調剤を行い、患者に薬を提供する事業所を指します。調剤薬局の収入源は調剤報酬です。調剤報酬の1~3割程度を患者が負担し、7~9割を国や保険者が負担するため、安定した業界といえるでしょう。
調剤報酬は国によって規定されているため、調剤薬局(薬剤師)が勝手な金額を患者に請求することはできません。また、薬剤師一人あたりが対応してよい処方せん枚数も1日40枚までと制限されています。薬剤師が金額を設定できない以上、売上を増やすには対応する処方せんの数を増やす必要がありますが、その対応数も制限されているため、調剤薬局業界では薬剤師の人数が売上に大きく影響するといえます。
(2)調剤薬局の数は年々増えている
病院で処方せんを受け取り、薬局で薬を受け取るという「医薬分業」の流れは一般的になりつつありますが、日本において医薬分業が始まったのは1980年代といわれています。処方と調剤が分離したことで、薬剤師が独立して薬局を開業する動きが活発化しました。現在、国内の薬局は5万9,000件以上あり、その数はコンビニエンスストアの総数を上回っています。
(3)薬剤師が不足している
厚生労働省の調査データによれば、2018年の時点で全国の薬剤師総数は311,289人で前年比3.3%の伸びとなっています。しかしながら、薬剤師が勤務する薬局では深刻な「薬剤師不足」という危機的状況が続いています。
薬剤師自体の数は増えているのに、薬局の現場では薬剤師が足りないという矛盾した状態の大きな要因の1つに、増え続ける調剤薬局に対して薬剤師の増え方が追いついていないという現実があります。第2の理由としては、2006年以降に薬剤師養成期間がそれまでの4年から6年の2年間に変更された、いわゆる「空白の2年間問題」が影響しているとも指摘されています。
(4)調剤報酬が引き下げ傾向にある
少子高齢化が進み、国の財政赤字が拡大する中、社会保障費の増大が大きな問題になっています。2018年度の調剤報酬・薬価制度改定では、処方せんの受付回数・特定の医療機関の調剤率によって、調剤報酬の引き下げが明記されました。調剤報酬の改定は原則2年に1度行われますが、今後もいわゆるマイナス改定が続くと見られています。
調剤薬局業界は、高齢化の進展による調剤機会の増加が見込まれるものの、社会保障費の財源不足もあり、調剤報酬の見直しや段階的な薬価の引き下げが実施されることで、以前と同様に市場規模の拡大は期待できない状態にあります。今、調剤薬局は激動の時代を迎えているといっても過言ではないでしょう。
(5)かかりつけ薬剤師・薬局の推進
「かかりつけの医師・病院」と同じように「かかりつけの薬剤師・薬局」を決めておくことが健康維持のために必要といわれており、行政もこれを推進しています。「かかりつけの薬剤師・薬局」が存在すれば、薬局が個人別の薬剤管理をする機能を持つこととなります。
これによって個人に対して「おくすり手帳」が発行されるため、急病時にも医師が手帳を見れば適正な薬剤の処方箋を出せる「医師・病院との連携」を図れるメリットがあります。すなわち「かかりつけの薬剤師・薬局」があれば、いざというときに適正な医療処置を受けられる確率が高まるというわけです。
(6)M&Aによる事業承継が増えている
近年、オーナー経営者の高齢化や薬剤師不足、調剤報酬や薬価改正など、様々な理由から事業承継を考える方が増えています。調剤薬局の事業承継には、大きく分けて三つのパターンがあります。
一つ目が薬剤師である息子や娘に継がせるパターン、2つ目が従業員である薬剤師に受け継いでもらうパターン、そして三つ目が外部の第三者に受け継いでもらうM&Aのパターンです。この中では、オーナー経営者にしてみると自身が築いてきた事業を身内に継がせることが望ましいと考えるため、一つ目のパターンが理想といえるでしょう。実際、オーナー経営者の子どもも同じく薬剤師であるケースは少なくありません。
しかし、近年は職業の多様化により、子どもが薬剤師ではないケースも増えています。また、以前と比べて利益を生み出しにくい経営環境の中で創業家として経営を続けていくことを敬遠し、子どものほうから事業承継を渋ることがあります。
二つ目のパターンもそう簡単ではありません。従業員として頑張ってくれた管理薬剤師や薬剤師に譲りたいと考えるオーナー経営者は多く、実際、現場を知る管理薬剤師が事業を承継すれば、ほかの従業員にとっても安心でしょう。しかし、オーナー経営者の所有する自社株式を譲り受けるだけの資金を捻出できるケースは多くありません。また、オーナー経営者が負っている債務や個人保証を引き継ぐことが難しく、事業承継を断念してしまうこともあります。
親族への承継や従業員(薬剤師)への承継も難しい調剤薬局業界ですが、これらの理由を背景に三つ目のパターンである「外部の第三者に受け継いでもらう(M&A)」を選択するオーナー経営者が増えています。
自ら経営を続けていくことは困難ではあるものの、残された従業員の将来や地域患者のことを考えると廃業できないと考えるオーナー経営者にとって、M&Aは有効な選択肢になり得ます。大手調剤薬局などの優良企業に自社の将来を託すことで後継者問題を解決し、薬剤師の雇用も守ることができます。また、慢性的な薬剤師不足や後継者不在など、経営資源の乏しい小規模事業者の中には、大手薬局チェーンの傘下に入ることで店舗の存続を図ろうとする動きもあります。
2.調剤薬局M&Aのメリットとは?
近年、調剤薬局のM&Aは確実に増えています。それは売手、買手双方にメリットがあるからです。ここでは、調剤薬局M&Aのメリットを紹介します。
(1)売手のメリット
1 薬剤師不足の解決
同業の買手にとっては、調剤薬局をM&Aで買収して調剤薬局で勤務していた薬剤師を自社に向かい入れることにより、それまでの薬剤師不足が解消されることでしょう。これによって、事業の拡張につながる可能性が大いにあります。
2 待遇の改善
M&Aは、資金に余裕があって規模の大きな買手企業が小規模の売手企業を買収するというケースがほとんどです。したがって、M&Aで移籍したスタッフの待遇は良くなる傾向が多く、それまでよりも充実した研修が受けられ、業務のスキルアップにもつながります。転職のためのスキルアップにもなるため、スタッフにとってM&Aはプラス面が少なくないといえるでしょう。
3 創業者利益の獲得
売手のオーナーはM&Aによって売却益が得られるため、廃業よりもM&Aによって自社を売却するとはるかにメリットが大きいといえます。売却益を勇退後の生活資金に充てることで老後の生活設計も立てやすくなるでしょう。
4 スケールメリットの享受
M&Aにて調剤薬局を買収した企業は、同業であれ他業種であれ、「生産性向上」、「経営効率化」、「仕入れコスト削減」、「販売エリアの拡張」、「売上アップ」、「知名度向上」など「スケールメリット」と呼ばれる多くのメリットを享受できます。新規の調剤薬局店舗をゼロから作り上げるには多大な労力を要しますが、調剤薬局のM&Aによってスケールメリットが一度に顕在化するというわけです。
(2)買手のメリット
1 事業拡大のコスト削減
新規に調剤薬局を開設するよりも、時間とコストを抑えられるのが最大のメリットです。調剤薬局を一から始めるには時間とお金がかかります。特に新規マーケットに開局するとなると、綿密なリサーチと営業努力が必要です。具体的にいえば、開業予定地の地域性やロケーション、近隣施設への親和性、処方元の医師との折衝など、様々な要素があります。
また、新たに従業員の確保も必要なため、採用活動を行わなければなりません。地域で多くのシェアを占めている薬局を譲り受けることになれば、M&Aの費用はかかるものの市場調査や採用コストなどの費用を節約することができます。
2 事業の拡大
M&Aで新たに既存の調剤薬局を傘下に参入させることで、調剤薬局業界の大きな収入源となっている調剤報酬が増えることとなります。コンビニやスーパーなどの一般店舗とは異なり、医薬品を取り扱う調剤薬局は法的な制約が大きな業界です。新規店舗の開業には手間がかかり開業資金の負担も少なくないため、調剤薬局が事業拡大を図るには、M&Aが最も効率的です。
3 かかりつけ薬局への移行
調剤薬局には「かかりつけ機能」、「在宅医療」への取り組み強化が求められています。厚生労働省は今までの門前薬局から地域住民と密接な関係にあるかかりつけ薬局への移行を推進しており、かかりつけ調剤薬局として営業し、在宅医療に積極的に取り組む調剤薬局を譲り受けることで、顧客の獲得が期待できます。
3.調剤薬局M&Aの期間
M&A・事業承継を検討している方へ
当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。
調剤薬局のM&Aが成立するまでの期間と、成立させるためのポイントを2点挙げてみましょう。
(1)マッチングから成約までの平均期間
調剤薬局のM&Aでは、マッチングから成約までの期間が約半年間というのが一般的で、他業界のM&Aよりも比較的短い期間で完了する傾向があります。それほど、調剤薬局のM&Aを渇望している買手企業が多いというニーズの高まりが背景にあるといえるでしょう。
(2)迅速なM&A成立のポイント
調剤薬局のM&Aでは、できるだけ交渉を長引かせないことが、迅速にM&Aを成立させるための最大ポイントといえます。少なくない資金が動く企業同士の商談であるだけに、売買金額をめぐる駆け引きは当然あるでしょう。しかしながら、お互いにニーズの高い契約であれば、M&Aによって得られるメリットを考慮し、譲るべきところは譲り、互いの利益を慮って早めに契約をまとめるという意識が大切です。
4.M&A仲介会社を選ぶポイント
調剤薬局M&Aを行う場合には、ほとんどのケースで相談相手が必要です。近年、調剤薬局M&Aの増加を受けて、調剤薬局業界に特化したM&A専門会社も見受けられるようになりました。M&Aの仲介を行う会社は大手仲介会社から個人事業主まで様々で、提供するサービス内容も千差万別です。「相談するならば大手のM&A仲介会社が安心」と思う方もいますが、仮に規模の小さなM&A仲介会社であったとしても、M&Aの経験豊富なアドバイザーたちの集まりであることがほとんどです。会社の規模についてあまり心配する必要はないでしょう。
相談する上で重視したいのは、調剤薬局に関するアドバイザーの知見や実績です。調剤薬局M&Aをサポートするには、調剤薬局業界のマーケットに関する理解が不可欠といえます。これは、調剤薬局が単に一般消費財のみを扱う店舗ではなく、消費者の健康に関わる薬剤を取り扱うという重大な社会的役目を担っているからです。それゆえに調剤薬局には法的規制も多くあることから、調剤薬局の業界事情に詳しい人物のサポートが必要となります。M&Aには詳しくても、調剤薬局関連に無知な人物が間に入ることで法的規制に抵触してしまうリスクがあるでしょう。
また、調剤薬局のM&A経験者であれば、これまでの経験で培ったノウハウや、実績に基づく自社のアピールポイントなどをアドバイスできるはずです。結果的にM&Aのプロセスもスムーズに進むでしょう。売手のオーナー経営者からすれば、M&Aは人生に一度の大仕事。M&Aアドバイザーを選ぶ際は、実績や経験、アドバイザーとの相性も含めて見極めることが重要です。
5.調剤薬局の売却を成功させるポイント
調剤薬局業界では、今後もM&Aの活発化が予想され、2025年問題に向けて深刻な調剤報酬・薬価改定が続きます。薬剤師不足・経営難となった調剤薬局の多くが譲渡を決断した場合、いずれ売手の供給過多となり、競争激化、譲渡価格の低下を招くことが考えられます。調剤薬局の譲渡を検討するオーナー経営者は、業界の動向に注意を払いながら、入念に準備しましょう。ここでは、調剤薬局M&Aを成功させるポイントを紹介します。
(1)売却条件の優先順位を明確にする
オーナー経営者にとって、どのような条件を重視するのかを明確にしておくことが重要です。例えば、勇退後の生活資金として確保するための譲渡対価はどれくらい必要か、従業員の雇用や待遇は維持してほしい、処方元の医師との付き合い方をどうするかなど、売手のオーナー経営者が買手に何を望むかを明確にしましょう。
これらの点を曖昧にしたままM&Aが成立してしまうと、例えば、従業員から待遇面に対する不満が出たり、取引先からのクレームが発生したりすることが考えられます。売却後の出来事とはいっても、旧オーナーの責任は皆無とはいえないでしょう。社会的な責任を果たすためにも、成約以降に問題が起きないよう事前に重要項目を文書にして該当者に説明し、すべてをクリアしておくべきです。
(2)マイナス要素は早い段階で伝える
都合の悪い事実ほど、早い段階からM&Aアドバイザーに共有することが重要です。M&Aでは監査を行い、買手が売手の経営状態を調査します。その過程で簿外債務や粉飾決算などが明らかになることもありますが、たとえ悪意がなかったとしても大きく信用を損なうことになるでしょう。露見するのが譲渡直前になればなるほど破綻のリスクは高まります。不安なことがあれば、些細なことでもM&Aアドバイザーに伝えましょう。
(3)売却するタイミングを誤らない
M&Aを実行するか否かはオーナー経営者のタイミング次第ではありますが、調剤薬局業界はめまぐるしく動いており、準備を始める調剤薬局は確実に増えています。ただ漫然と時を過ごしてしまい、M&Aのタイミングを逸して売却できなかったということも考えられます。
薬剤に関する法律は、改正されることで薬局の経営に大きく影響するケースがあります。したがって、今後の法改正の動向などを早めにキャッチし、より良いタイミングを図ることも必要でしょう。
6.調剤薬局のM&A事例
調剤薬局のM&Aでは、時に大きな取引の成立が報道されて話題となっています。調剤薬局業界においては、M&A成立のたびに業界再編とドラッグストアチェーン企業による事業拡大に拍車がかかっているようです。以下に、近年話題を呼んだ調剤薬局M&A事例を紹介しましょう。
(1)業界2位の大手企業が老舗企業をM&Aで子会社化
M&Aが業界再編の動きを加速化させることがあります。日本で最初の調剤薬局として知られていた合同会社のM社が、2016年に売上業界第2位の大手調剤企業N社の傘下に入って子会社化される報道があり、業界に大きな衝撃が走りました。
M社の歩みは日本の調剤薬局の歴史そのままといわれ、知名度も高く多くの顧客を持っていただけに、昨今の調剤薬局における厳しい生存競争を象徴するかのようなトピックでもありました。
M社がM&Aに踏み切ったのには、「後継者不足によって事業承継が進展しなかった」ことが理由として挙げられています。同じような悩みを抱えている調剤薬局は全国にかなりの数があることから、業界の苛烈な生存競争を背景に、調剤薬局のM&Aは今後もさらに増えることが予想され、業界再編にますます拍車がかかるとみてよいでしょう。
(2)業界4位の企業が「駅ナカ・街ナカ」戦略で積極的なM&Aを展開
近年、主要駅や繁華街でドラッグストアのチェーン店をよくみかけるようになりました。今や大手のドラッグストアは、コンビニ店に迫る勢いで増店舗ラッシュとなっています。
売上業界第4位で全国にチェーン店を持つQホールディングスは、2013年から2014年にかけて関東の中堅企業を連続して買収し、2016年には新潟地方で85店舗を持つ準王手企業の株式を
約130億円以上という巨額費用で株式を取得することで完全子会社化しました。
一連の連続M&Aは、販路を広げて業績のアップを図るとともに、在庫管理と物流システムの新体制を敷いて業界のトップに迫るという戦略があるとみられています。
<話者紹介>
Growthix Capital株式会社
投資銀行事業部 統括事業部長
玉元 渉(たまもと わたる)
2013年、野村證券株式会社入社。
入社後3年間、東京都内の支店にて優良法人オーナーを中心に証券リテール営業に従事。
その後、東証一部上場のM&Aアドバイザリーに勤務し、2017年にテック系M&Aアドバイザリーの創業メンバーに参画。
僅か2年間で従業員5人から200人への急拡大の一助を担った後、2019年5月、Growthix Capital株式会社の設立・創業に参画。
過去4年間で調剤薬局業界に特化し、累計31社のM&A成約に導く。
日本全国(北海道から沖縄まで)にて、大手上場企業が引き受けた数十億円規模のM&Aから小規模事業者のM&Aまで幅広い実績を有す。
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