公共性が強い学校法人・専門学校のM&Aについて徹底解説!~学校法人もM&Aできる~
はじめに
誰もが、学校は「教室で学び、社会で必要なことを学習し習得する場所」という印象を持っていると思います。しかしながら「学校法人」としては、その実態についてはなかなか印象がつかないのではないでしょうか。
少子高齢化問題が進む現代日本において、学校法人・専門学校(専修学校)という教育現場においてもM&Aの波は確実に押し寄せてきています。しかしその実態は、一般にはほとんど知られていません。そこで、学校法人・専門学校のM&Aの実態に詳しい富山綜合法務事務所の富山さんに、現在の状況や事業承継の流れなどの要点を解説していただきました。
目次
1.学校法人・専門学校の社会的位置付け
一口に「学校」といっても、日本には「学校」という名の付くさまざまな教育施設が存在しています。これらの「学校」は「学校教育法」という法律によって明確に区分されています。一般には混同されることも多い、それぞれの相違点について解説しましょう。
(1)学校法人・専門学校の定義
幼稚園・小学・中学・高校・大学などいわゆる「義務教育」を含めた学校の種類は「学校教育法第1条」によって定められており、俗に「一条校」と呼ばれています。「学校法人」とは、私立学校の設置を目的として、設立が認められる法人(私立学校法3条)。
これに対し、学校教育法1条に規定がなく、俗に「準一条校」と呼ばれている学校が専門学校や専修学校です。これらは、高校を卒業後に就職前の専門分野の就学や特定の技能修得のための場となっています。
専門学校・専修学校は、「学校教育法124条」にて定義されています。「準学校法人」とは、私立の専修学校又は各種学校の設置のみを目的とする学校法人(私立学校法64条4号)。
(2)一条校と準一条校との違い
一条校と準一条校の相違点については、下記の表のとおりです。
学校教育法 | 学校の種類 | 定員 | 年間修業時間 | |
---|---|---|---|---|
学校 | 第1条 | 幼稚園・小学校・中学校・高校・大学・高専・大学院・短大など | 文科省指導要領による | 文科省指導要領による |
専修学校 | 第124条 | 高等専修学校・専門学校など | 常時40名以上 | 800時間 |
各種学校 | 第134条 | 予備校・看護学校・自動車学校・日本語学校・外国人学校・洋裁学校・調理学校など | 規定なし | 680時間 |
上記のように、学校は学校教育法第1条に基づき、運営される教育機関であり、日本人の大半が社会生活をおくる上で必要となる知識を、小児から10代、20代初めまでの時期に習得する場です。
専門学校・専修学校は、基礎的な教養課程を終えた者が、より専門的な知識を身に付けるために通う学校であると定義付けることができます。またそれ以外の各種学校は、専門分野に特化した教育の場であるといえるでしょう。
2.学校法人・専門学校におけるM&Aの特徴
一条校・準一条校に関わらず、学校はあくまで社会人となる前段階の若者が集う教育施設だけに、社会性および公的な目的と立場を有しています。これは病院など医療機関と似た特性です。
したがって、M&Aにおいても、一般企業の場合とは少なからず異なる部分があり、売手・買手ともに、十分な認識と注意が必要です。
学校法人・専門学校のM&Aの特徴をみてみましょう。
(1)M&Aの対象となるのは私立学校がメイン
ほとんどの日本人が通う一条校には、公立学校と私立学校があり、私立学校は「私立学校法」に準じて運営されています。当然ながら、M&Aの対象となる多くは,私立学校となるケースが多く見られます。そして、準一条校たる専門学校・専修学校も多くは私立なので、学校法人のM&A(準学校法人含む)は、経営に窮している教育機関の買収という側面が大きいのも特徴です。
(2)学校法人の経営形態が特殊
学校法人は、民間企業のような株式会社の組織ではありません。非株式会社ということは、つまり株式を有する出資者(株主)がいないことを意味します。株式会社のような「持分」がなく、いわゆる「対価」の概念がないので、株主が自ら出資した金銭に応じた「利益の配分」を要求することもありません。
学校法人・専門学校は、一般企業とは異なり「教育」という公益性が高い事業によって人材を育成することを目的としているため、学校関係者(理事等)には学校の事業に関する私有財産がないのです。買手側にとっても学校の「資産価値」を測る目安がないため、費用対効果の算出が難しいという障壁があります。また、黒字経営で運営に余裕がある学校はM&A市場に校名があがることは少なく、赤字経営で運営継続に窮している学校が、新しいスポンサーを探して売りに出るというパターンが多々あるようです。地方の学校法人が知名度アップを狙って、あえてM&Aを行う事も皆無ではありません。
3.学校法人・専門学校におけるM&Aのスキーム
M&A・事業承継を検討している方へ
当社では買手企業だけでなく、「M&A仲介会社」とのマッチングも可能です。
今すぐにM&Aをご検討されていなくても大丈夫です。お気軽にご相談ください。
学校法人・専門学校がM&Aを行う際のスキームには、それぞれ以下のようなパターンがあります。
(1)M&Aのスキーム
①吸収合併
特に、知名度が低い学校が、ある程度校名が世間に知れ渡っている学校を吸収合併し、ブランド力を高め生徒数の増加に結びつける目的でM&Aが行われます。経営が上手くいっていない学校救済の意味合いもあります。
②経営権の取得(理事の変更)
学校運営自体に関心があるものの、一から学校法人・専門学校を立ち上げるための資金調達や人材確保などにかかる時間と労力を省く目的で、理事等の経営陣を入れ替える手法のM&Aが実行されます。許認可等の手続き及び時間を考えると、選択しやすい方法とも言えます。
③設置者の変更(事業譲渡)
既存法人をM&Aにより事業譲渡させることにより、買手となる法人が新たに経営権を獲得する目的で行われるM&Aです。
(2)売手側の売却理由
「学校を売却したい」と願う売手側の学校当事者には、以下のような理由があります。
①経営難
- ・少子化により、募集しても入学を希望する生徒・学生が集まらず経営難に陥っている
- ・学校の設備やカリキュラムなどに魅力が乏しく、他校との比較競争に勝つ要因が不足している
- ・経営陣の交代により更なる知名度強化
②金融機関からの提案
- ・経営難により銀行など金融機関への負債も多額で債務超過となっている状況にある
- ・学校という公的要素が強い法人であるため、金融機関としても競売にかけにくい事情があり、また 就学の機会確保の為、新しいスポンサーを探す目的で、金融機関からM&Aを提案されている
4.学校法人・専門学校におけるM&Aの実態
売手と買手、相互のメリットが合致してはじめて成立するのがM&Aであり、民間企業とは根本的に業態が異なる学校法人・専門学校においても、この構図は変わりません。それでは、学校法人・専門学校におけるM&Aの実態はどのようになっているのでしょうか。
(1)学校法人・専門学校の値付けの決め方は?
前述したように、学校法人・専門学校は株式会社組織の民間企業とは異なり、普通のM&Aのような「純資産プラス企業価値」という値付け方法が困難でもあります(手法によっては,算出する事が可能な場合あり)。また一般企業のような売上金に応じた適正な価格設定ができないという現実もあります。事業譲渡の場合、修正純資産+暖簾を基準とする見解もあります。個々に事情が異なるので、個別対応になります。手法によって値付けの方法及び可否が異なるケースがあります。
学校の理事は、単に学校の経営を負託されているだけなので、M&A成立時に利益が出ていれば、買手が退職金を理事に支払うこともあり得ますが、経営難で売りに出ていることも多いので、そこまで高額な退職金が発生するということはないでしょう。ただし、事案によっては高額となるケースもあります。
(2)デューデリジェンスはある?
民間企業のM&Aでは、買手側がリスク回避の目的で、売手側の財務状況などを詳細に調査する「デューデリジェンス」が実施されます。
学校法人・専門学校のM&Aにおいても、民間企業のM&Aほど綿密ではないものの、財務状況の確認作業は実行されています。その場合には簿外債務なども調査します。
(3)仲介会社の手数料は?
学校法人・専門学校のM&Aでは、民間企業のM&Aで算出される指標を利用できない手法もあるので、手数料は売手側と買手側が最初に一定の額を決めて支払われるというケースも見受けられます。このあたりは,仲介会社様個々の定められており、一概には計れません。
5.学校法人・専門学校のM&Aにおけるメリット
公的側面があり、教育に特化している上に「教育法」という法律の縛りもあることから、学校法人・専門学校のM&Aについては、一般の民間企業と比較してM&Aの成立にいたる工程が複雑になっていることは否めません。
しかしながら、現実に「学校」と名のつく法人のM&Aは実行されています。それは、売手側・買手側の両者ともに相応のメリットがあることに他なりません。そのメリットについて以下に例をあげて解説します。
(1)買手側のメリット
学校関連の法人を傘下に収めることは、民間企業のM&Aと比較して多くの障壁があるものの、買手側によって以下のようなメリットがあり、魅力的なM&A対象案件ともいえます。
買手側のメリットとしては以下の項目があげられます。
①ブランド力の強化
都市圏の学校法人が地方に進出しようとする際、地元の学校を買収し自校のグループに組み入れるというケースがあります。全国に校名を浸透させ、ブランド力を強化するには最善の方法といえるでしょう。ブランド力がアップすると。生徒を囲い込む事も可能となる。
②人材の確保
業務の特殊性から、教育・研修に時間がかかる医療法人などによくみられるケースで、業務に欠かせない衛生士や看護師を養成する目的で専門学校を買収するというパターンがあります。
専門学校を新たに作るには大変ですが、すでにある学校を買収するのは比較的容易という理屈です。買収した学校で育成した生徒はそのまま自社で働いてもらうことによって、優秀な人材の確保につながります。
③不動産の確保
多くの生徒・学生が集って学習する場だけに、広い土地と建物、設備を所有している場合が多く、買手側のとっては大きな魅力です。そのような不動産を入手できることは今後の事業計画にプラスに作用すると考える買手も少なくないようです。
(2)売手側のメリット
事業の存続が困難となった学校法人・専門学校において、M&Aによって経営の譲渡をする選択肢は最後の手段ともいえます。売手側にとっては、以下のようなメリットがあります。
①教育機関の継続
経営難により通常業務の遂行が不可能になった場合、M&Aによって通常業務が継続できれば、教育現場での混乱が回避できるというメリットがあります。
学校の生徒にとっては、学習の場を失われることなく、安心して勉強が続けられるということです。すなわち、教育機関の本来の社会的目的が継続可能となるわけです。
②退職金の支給
学校が経営破綻してしまうと、教職員や事務員は全員が解雇となり、退職金などの支払いすらも厳しい状況になることもあります。
M&Aによって買収されれば、買手企業によるリストラが実行された場合でも、教職員・事務員への退職金は支給されることがあります。
6.学校法人・専門学校のM&Aフロー
「学校関連の法人をM&Aによって傘下に収めたい」と願う買手は少なくないものの「いざM&A」というと、民間企業とは勝手が違うために戸惑うケースも多いようです。
そこで、実際に行われている学校法人・専門学校のM&Aフローについて、以下に述べておきます。
(1)M&A情報の事前調査
M&A市場に学校法人があがるのは、そう頻繁に起きることではありません。したがって、仲介会社が保持する学校関連のM&Aに関連する情報量はあまり多くないのが現実です。
これは民間企業にもいえることですが、学校法人・専門学校が「学校経営の権利を譲渡したがっている」という情報は、銀行などの金融機関が最初に情報をキャッチすることが多いです。学校のM&A情報が欲しいのであれば、「金融機関から探す」ことがセオリーとなる場合があります。学校関係者自らスポンサーを探すケースもあります。
(2)M&Aの流れ
学校法人・専門学校のM&Aにおける一連の流れは、民間企業の場合と大きな違いはありません。しかしながら、対象が一条校であった場合は都道府県知事や文部科学省など行政などが絡むケースもあり、当事者同士が合意に達していたとしても、調整しなくてならないことが多々あります。
特に学校名の変更となると4月の新学期に合わせた方が混乱を最小限に抑える事が可能です。校名変更は1年の内この時期がより良いタイミングとなるので、入念な事前準備が必要です。多くの場合、新学期がスタートする4月を目指して準備します。
(3)監督官庁への届出
学校法人では、理事変更の場合は届出のみで問題ありませんが、M&Aなど経営権の譲渡には監督官庁の許可が必要です。
事業譲渡(設置者の変更)であれば、設置者の変更許可が必要となり、買手側も寄付行為の変更の許可申請を出す必要があるのです。
7.まとめ
M&A市場における学校法人・専門学校の案件は多いとはいえません。しかし、M&Aは単に利益確保の目的のみで行われるものではないのです。
利益を目的にはしない学校という特殊性にこそ、地域社会への貢献と社会的意義に新たな市場の可能性を見いだす法人は少なからず存在します。
学校法人・専門学校のM&Aによって、新たな事業展開ができるとなれば、社会的にも認知度がさらに高まることが期待できるのではないでしょうか。
話者紹介
富山綜合法務事務所
富山 洋一
1975年生まれ。京都大学大学院法学研究科修了。大学院修了後,M&Aアドバイス,事業戦略立案等を経験。その後に行政とクライアントの架け橋となるため,富山綜合法務事務所を設立。幅広くM&Aに関するアドバイスを行いつつ,許認可等を含めた行政対応を行う。学校法人M&Aに関して,外部講師として招聘経験あり。M&A助言及び戦略立案を得意とし,学校法人に限らず,医療法人,株式会社に対する助言も行う。
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