病院・医療法人の後継者問題にM&Aが有効? 売買と買収におけるメリットとは
はじめに
後継者や人材不足による経営難をM&Aで解決しようとする、医療機関(病院や診療所またそれらを運営する医療法人など)が近年増えています。医療機関においてM&Aを行うことは、どのようなメリットやデメリットがあるのでしょう。また、売買価格は一体どのくらいを見込めるのでしょうか?
医療機関のM&Aをサポートしている株式会社メディカルノートの金子隆一さんに、詳しくお話を伺いました。
1.医療機関がМ&Aを選ぶ理由
思わぬ出来事によって経営が続けられなくなったり、院長自ら経営を辞めたりする例が増えています。近年よくある、経営の廃止や引退の例は以下のようなものです。当然ではありますが、医療機関も経営が維持できなくなることや、院長自ら経営を辞めることはあります。その際に弊社によく相談をいただく引退、廃止の理由は以下のようなものです。
(1)経営者の高齢化・後継者不足
医療機関の経営者の高齢化が進み、引退を考える人が増えています。その一方で医療機関を運営するのは医師でなくてはならず、後継者となることを期待されていた子どもが医師になれなかったり、まだ一人前でなかったり、実家の医療機関と専門が異なっていたり、勤務医を続けることを希望し跡継ぎを辞退したりするパターンがあります。こうして医療機関という参入障壁の高さから後継者不足に陥り、廃止や第三者承継を考えることとなります。
(2)スタッフの確保及びマネジメントの難しさ
医療機関はスタッフの確保においても、それぞれの資格職を採用しなくてはならず、特に地方の医療機関では、専門職のスタッフの確保に苦労しているケースが多くあります。また採用活動や採用したスタッフの管理に疲れ、引退や勤務医へ戻ることを考える経営者もいます。
(3)医療機器や内装等資産の老朽化
長年診療を続けていくにつれて、建物や医療機器が老朽化してきます。この際本来であれば買い替えを行いたいが資金や今後の見通しから設備投資ができずに引退を検討するケースや、逆に自院の経営状況では追いつかないくらい過剰な設備投資をしてしまい経営が立ちいかなくなり、承継を検討する経営者もいます。
(4)制度や医療の変化による経営圧迫
診療報酬は2年に1度改定され、その内容によっては医療機関の収入が大きく左右されます。特に、病院や在宅診療所ではこの制度の動きに合わせ柔軟に戦略や体制を見直す必要がありますが、人材確保や設備等の理由で追いつかず経営に窮してしまうケースも。こういった影響は診療報酬のみに限らず、例えば2019年10月に施行する消費税増税もダメージです。医薬品や備品の購入には消費税がかかり出費は増えるものの診療費は非課税のため収入は増えず、増税の幅はわずかですが利益を逼迫し経営難に陥る恐れもあります。
(5)単純な経営難
当初の計画ほど患者数が増えず、経営が成り立たず廃止になるケースもあります。この場合「倒産」というケースは稀であり、経営難での承継や廃止の検討理由の多くは「勤務医の時より報酬が下がってしまった」というものです。
2.医療機関を売却する側のメリット
M&Aによって医療機関を売却することは、売手にとって以下のようなメリットがあります。
①地域の医療とスタッフの雇用を守ることができる
後継者が見つからないことが理由で病院や医療法人が廃業すると、通院していた患者や雇用されていたスタッフは困窮します。廃業ではなくM&Aという手法を取ることで、地域やスタッフへの責任を果たすことができます。
②廃業にかかるコストを回避できる
医療機関を廃止するとなると、機器や医薬品の処分、賃貸物件の原状復帰、リースの解約、行政手続きなど、多額のコストがかかってしまうことがあります。このように医療機関の廃止にかかるコストを考えると、多額で売却できるのが1番ではありますが仮に売却額が0円であっても、M&Aをすることにはメリットがあると言えるでしょう。
③経営から解放され医療に集中できる
経営者でもある医師が自身の医療機関を売却し、そこで勤務医として働くというケースもあります。その場合、スタッフの管理や経理業務、業者交渉、マーケティング等の経営業務から解放され、自身の行いたい医療に集中できるようになることも。
④売却益による設備投資が可能に
複数の医療機関を運営する医療法人の場合、そのうち1つの事業を売却して、その売却益や時間をより利益率の高い機関に投資することで、経営の効率化を図ることができます。いわば「選択と集中」によって、経営を効率化できるというわけです。
3.医療機関を買収する側のメリット
M&Aによって医療機関を買収することは、買手にとって以下のようなメリットを得られます。
①人材の確保
医師や看護師などの専門職のスタッフをМ&Aによってそのまま引き継ぐことにより、採用の手間を省けるだけでなく、職場とのミスマッチによる退職率の減少や、オペレーション構築、機器の研修の時間の削減も見込むことができます。
②将来の収益予測が立てやすい
M&Aで買収した医療機関を引き継ぐと、一から開業をするよりも初期投資が低額で済む可能性があるだけでなく、それまでの医療機関の実績等から来院者数や売上の予測が立てやすく、将来が見通しやすいというメリットがあります。
③用意する運転資金が少なくて済む
引き継いだ後も同じ診療内容で診療する場合は、ほとんどの場合患者さんもそのまま引き継ぐことになります。そのため新規開業の際には必要となる、開業後患者数が増えるまでの運転資金を小さくすることが可能になります(診療報酬の入金は2か月遅れであるため、その分は必要です)。
④開業までの時間を短縮できる可能性がある
一般的に、開業までの時間は、新しく開業をしたり分院を出したりする場合はテナントの開業でも物件を見つけてから半年ほど、戸建ての開業の場合は1年近く、病院となると1年以上かかります。
また、個人で開業をしてから軌道に乗せて医療法人にするのには、開業してから更に数年を要することが多いです。一方、М&Aの場合は交渉時間次第となり、経営をスムーズに軌道に乗せられる可能性が高くなります。
⑤診療形態の異なる医療機関を保有することで、収益の増加を見込める
単体ではあまり収益を見込めないような事業でも、既存事業との連携により大きな収益を期待できる可能性があります。有床診療所と+在宅支援診療所、健診センター+生活習慣病クリニック、急性期病院+療養病院等、М&Aにより診療形態の異なる医療機関が既存事業とシナジーを発揮している例は多いです。
⑥状況に応じて、格安で買収できるケースも
例えば、売手が「内科」で開業をし、患者を増やすことができず数年で売却を決めた診療所があるとします。その場合赤字で営業権の価値がつかないため、売却価格が安いケースが多くあります。この買手が「皮膚科」や「婦人科」等の医師であった場合、例え「内科」で失敗をしたのと同じ立地でも、診療科目を変更しての開業で成功することは大いにあり得ます(人口構成や競合の医療機関の構成も関連するため)。こういった案件と出会えると、開業後数年のまだ新しい設備の案件をかなり安価で取得することができます。
このほか、「賃貸契約の更新タイミングが近い」「次の仕事の開始が決まっている」等、売手側の事情で急いでいるケースでも格安で売りに出るケースがあり、買手側は自分で新規開業するよりも安く開業することができます。
⑦取得済みの許認可を引き継ぐことができる
例えば、病床取扱数の権利は二次医療圏という範囲の中で定数が決まっているため、作りたくても病床を持った医療機関を開業できないことがあります。そういった権利や許認可を既に得ている医療機関を引き継ぐことにより、新規開業では不可能なエリアや方法でも開業をすることが可能になります。
4.M&Aでの売買価格が分かる! 3つの算出方法
医療機関を売買する金額は、以下のような方法で算出することができます。
(1)資産基準方式
医療機関の価格算定に最も多く適用される算出方法であり、BS(貸借対照表)とPL(損益計算書)両方の要素を考慮し、法人純資産の時価金額に営業権を加味して金額を算出します。医療法人ではない個人クリニックにおいては負債の引継ぎは行わないことが一般的なため、譲渡される資産+営業権を用いることになります。
(2)市場基準方式
買収事例比較方式ともいわれ、これまでの事例の取引金額を参考に算出をします。留意しなくてはならない点としては、しっかり算定され事例が新聞や専門誌でも開示されている株式会社や大型病院と異なり、診療所等では参考にする事例自体がしっかり価格算定されているものとは限らず、「残っている借入金の金額で良い」「0円で良いから早く見つけて欲しい」というような形で売手側の意志で大雑把に決定された例が多いことです。そのため、類似事例の選定には注意しなければなりません。
(3)DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)方式
将来獲得できるであろう利益を現在価値に変換し、その利益額を元に価格を算出します。М&Aの相手の将来の事業計画をベースに評価していくので、今後の見通しをどう数字に織り込むかによって価値が変わってくるのが特徴。ただ、とても煩雑なのと、最大の商品である「医師」が交代することが多い医療機関においては事業計画の根拠も曖昧になってしまうため、医療機関のМ&Aで用いられることは少ないと言えます。
М&Aのアドバイザーは資産基準方式や市場基準方式を用いてアドバイスしてくれることが多いですが、この算出方法による売買価格だけでなく、売却の急ぎ具合や最適必要売却価格、買手候補が現れやすい案件か等も踏まえ、総合的に相談するようにしましょう。
5.医療機関におけるM&Aで注意すべきポイント
医療機関をM&Aによって売買するときは、下記のようなポイントに注意するようにしましょう。
(1)行政手続きの理解
医療機関には医療業界独特の多くの許認可が関わっております。
以下にいくつか例示すると、
● 都道府県:医療法人の場合の定款変更や役員変更
● 保健所:開設にあたっての開設届
● 厚生局:保険診療を行う際の開設届、施設基準の届出
● 支払い基金:診療報酬の振込み先
● 法務局:法人名称や理事長、所在地の変更等があった際の登記
等が必要になります。
これは、買手が医療法人か個人クリニックに寄っても変わってくるので、これらを理解した上でM&Aを進行してくれるアドバイザーを選ぶ必要があります。
(2)スタッフの雇用条件や勤務環境
長年診療を続けてきた医療機関では昇給を繰り返してきたスタッフの給料が人件費の相場と合っていなかったり、退職金の規定が特に定まっている場合があったりと、雇用条件には注意が必要です。また、スタッフ側の業務面から見ると、慣れ親しんだ方法を変更して電子カルテ等を導入することに抵抗感を持つ人もいます。
(3)建物の順法性
医療機関の内装に関する法律や規定も、毎年少しずつ変わっています。例えば20年前に保健所の検査をクリアしていても、事業譲渡で承継した場合は再度認可を得る必要があり、その際に現在の規定に適合しておらず追加工事が必要になってくる場合もあります。
(4)機器・機材の確認
医療機器が壊れていないかの確認はもちろんですが、電子カルテやレセプトコンピュータには保守の期限があり定期的に更新が必要です。買手側は、この更新のタイミングがいつなのか確認しておくようにしましょう。
一般企業とは異なる留意点が多い一方で、地域や患者のためにも簡単に廃院にできないのが医療機関です。経営上に課題がある、後継者が見つからずに困っているといった医療機関の経営者は、M&Aによる解決を検討してみても良いのではないでしょうか。
話者紹介
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株式会社メディカルノート
医療PF事業部 事業責任者
金子 隆一(かねこ りゅういち)
2010年に立教大学経済学部を卒業。これまで医療機関のМ&A、開業支援、顧問支援を多数実施。医療法人の事務長として2年半の運営経験も持つ。
医療機関における「M&A」「分院展開」「新規開業」等をテーマにコラムや記事を執筆し、
各地域医師会、金融機関、調剤薬局主催のイベントで講演をすることもある。
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