半数以上の中小企業が後継者不足?事業承継をその解決策に
はじめに
2019年の国内企業における後継者不在率(帝国データバンク調べ)は、65.2%と2年連続で前年よりも下回っており、わずかに改善の兆候が見られます。しかしまだまだ現状が深刻であることには変わりありません。後継者不足の現状と解決策について、事業承継の専門家である、みどり未来パートナーズの事業承継アドバイザー三村尚さんに解説していただきました。
目次
1.中小企業の後継者不足は深刻
全国平均で見ると、後継者不在率は2017年が66.5%、2018年が66.4%、そして2019年が65.2%と、わずかずつですが下がっています。しかし現状は決して楽観できるものではありません。日本政策金融公庫によると、60歳以上の経営者の半数以上が、将来、廃業する予定であるという調査結果が出ています。ほとんどの経営者が廃業の理由としてあげているのは後継者不足です。
(1)後継者不在が要因となっている2025年問題とは?
もしもこのまま後継者が不足した状態が解消されなければ、2025年までに最大で約650万人の雇用が失われ、約22兆円のGDPが喪失するとの試算が出ています。その数字が現実のものとなれば、日本経済は大打撃を受けることになります。これがいわゆる「2025年問題」です。
(2)なぜ2025年なのか?
年齢分布を見ると、団塊の世代がもっともボリュームが大きく、約800万人となっています。その方々が75歳となるのが2025年です。国民の3分の1が75歳以上という超高齢社会が到来するのは間違いありません。現時点で多くの経営者が団塊の世代に属しています。その方々が75歳になって一斉に引退するタイミングが2025年なのです。中小企業の後継者不足だけでなく、医療、社会保障などあらゆる面で2025年に様々な問題が顕在化することが予想されます。
2.何が後継者不足を引き起こしたのか?
私がM&Aの仕事に関わったのは8年前からなのですが、その当時からずっと後継者不足が問題になっていました。つまりこの問題は構造的、慢性的なものなのです。
(1)少子高齢化の進行
後継者不足の大きな要因のひとつとしてあげられるのは少子高齢化です。単純に子どもの数が減ったことによって、後継者候補が少なくなり、後継者不足に悩む経営者が増えたといえるでしょう。
(2)家督相続という概念の形骸化
かつては、家督相続は当たり前のことでした。しかし、時代とともに家督相続の考え方自体が廃れ、家父長制度の拘束力はなくなりました。このことも、後継者不足の要因のひとつでしょう。子どもに継いでほしいと思っていても、親は子に強く自分の考えを押しつけることができなくなり、子どもも継ぐ義務感を持たなくなったのです。
しかし、数字にもはっきり現れているように、家督相続への意識は地域によってかなり違います。例えば、北海道は江戸末期に全国各地からの移住者が集まった背景があるせいか、風習やしきたりなどの縛りが他の土地よりも緩い傾向があります。一方、四国は昔からの習慣が根強く残っている土地柄。子どもに対して、「おまえが会社を継ぐのだぞ」と言い聞かせて育てるケースが多いのです。2019年の北海道の後継者不在率は72.9%、四国は54.5%とかなり開きが出ているのは、そうした地域性の違いゆえでしょう。
(3)働き方の多様化
戦後の高度成長期を経て、働き方が多様化してきたことも後継者不足を生み出す要因となっています。創業者である社長の子どもが安定した上場企業に就職したとします。会社経営とは苦難の連続です。その苦労をよく知っているからこそ、創業者である親は、上場企業を辞めさせてまで会社を継がせようとは思えないのです。子どもに自分と同じような苦労をさせたくないと考えている経営者が多いということでしょう。
(4)経営者の決断の遅さ
よくあるのは、経営者が判断を先延ばしにしてしまうことです。いつかはきっと息子が帰ってくるだろうという期待から、子どもが継がなかったときの準備をしないまま時間が過ぎているケースが多いのです。
子どもに継がせないなら、従業員を後継者として育てるなど備える必要がありますが、つい先延ばししてしまう経営者も多いです。経営者が健康なうちはまだいいのですが、病気になると一気に事態は悪化し、廃業せざるをえなくなります。その結果、手元にほとんど資産が残らなかったということになりかねません。
3.廃業が引き起こす雇用問題
廃業を選ぶことは自分だけでなく、まわりにも大きな影響を与えることになります。また、問題がたくさん生じる可能性もあります。くわしく解説していきましょう。
(1)廃業を選択できない場合もある
廃業による問題点を解説する前に、廃業できるのは実は恵まれたことであるという前提を説明しておきましょう。黒字で経営が順調である中小企業は実はそんなに多くありません。せいぜい全体の2割から3割くらいです。債務超過の会社がたくさんあり、資産もさほど持っておらず、廃業すらできない、倒産しか道が残されていないところまで追い詰められているケースもあります。
(2)従業員の雇用問題
廃業を選択する余地があったとしても、廃業はいくつかの問題をもたらします。もっとも大きいのは従業員の解雇です。廃業するとなったら、すべての従業員はいっせいに職を失うことになります。まだ若い従業員ならば再雇用の選択肢もあるかもしれませんが、高齢の従業者は再雇用の道もままなりません。
(3)取引先への告知タイミングの難しさ
廃業は取引先の会社にも大きな影響を及ぼします。影響を最小限に抑えて迷惑をかけないようにするには、先方には早めに廃業することを告げることが求められます。難しいのは廃業を告知することによって、まわりが過剰な反応をしてしまう危険性があることです。廃業と倒産を混同する人も多いのです。
また、廃業するという情報が想定よりも早く漏れてしまうと、資産や負債の整理をする段階で条件面において不利になってしまう場合もあるため、慎重に進める必要があります。
(4)地域の経済、住民の生活への影響
廃業は家族、従業員、取引先以外にも大きな影響を与えます。会社の規模によっては、地域経済に大きなマイナスとなることもあるでしょう。会社運営をしているということは、納税して地域に貢献していたということです。廃業してしまえば、単純にその納税額分の貢献が消失し、地域にとっては大きなマイナスとなるのです。また地域住民の生活と密着した会社だった場合、廃業によって生活が不便になることも考えられます。会社とは、個人のだけのものではなく、社会的な存在なのです。
4.簡単ではない後継者不足の対策
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後継者不足問題がやっかいなのは、すぐには解決策が見つからない点にあります。具体的に見ていきましょう。
(1)従業員を後継者に育てる上でのハードル
後継者不足とは、子どもや親族の中に後継者がいないことを意味します。親族承継ができないのであれば、次に考えられるのは親族外承継、つまり血縁者以外の人間に継がせることです。もっともスムーズなのは従業員の中から後継者を選ぶことでしょう。同じ体制のまま、会社を維持することができ、人間関係もそれまでどおりとなり、円滑な承継が期待できるからです。
ただし、問題もいくつかあります。まずは従業員の中に次の経営者となりえる資質を備えた人間がいるのかということです。仮に資質を備えた従業員がいたしても、育成にはある程度の期間が必要になります。最低3年、余裕を持つならば5年は必要でしょう。つまりなるべく早く後継者を決め、準備しなければならないのです。
そして、もっとも大きな問題は金銭面です。従業員に承継させる場合にネックとなるのは株式譲渡です。従業員が株式の対価を支払う資金力を持っていることは少ないでしょう。小さな会社で、それほど株式の金額が大きくなければ、融資を受けるなどして対応できますが、会社の規模が大きくなるほど、難易度は上がります。また、金融機関から信用力を問われることもあります。現経営者に対する信用はあっても、事業承継する前の段階では、後継者に対する信用力は低いケースがほとんどでしょう。保証能力を備えているかどうか、資産を持っているかどうかなどで審査されるので、金銭的な条件をクリアするのは簡単ではありません。
(2)後継者の高齢化
従業員に事業承継できたとしても、まだ安心はできません。次に問題となるのは、年齢的なことでしょう。例えば、経営者が65歳で引退するとします。後を継ぐのは会社のナンバー2であり、番頭さんクラス。この場合、10歳以上離れているのはレアケースでしょう。せいぜい5歳年下くらいである場合が多いです。となると、事業承継が成立しても、すぐに次の後継者問題が浮上します。次から次へと、承継を成立させていくのは、心理的にも実務的にも大きな負担となります。
(3)最良の選択肢となりうるM&A
近年増えているのが第三者承継、すなわちM&Aです。子どもにも継がせられない、親戚や従業員も難しい場合に消去法で残ったのがM&Aなのです。消去法で残った方法ではありますが、M&Aは経営者にとってだけでなく、家族、従業員、取引先にとっても最良の選択肢となる場合が多いです。近年、M&Aによる事業承継は着実に増え続けています。次の章でM&Aについてさらにくわしく見ていきましょう。
5.M&Aを選択することで得られる5つのメリット
消去法で残ったのがM&Aと説明しましたが、M&Aこそが後継者不足を解消するきわめて有効な手段なのです。しかもM&Aのメリットはたくさんあります。大きなメリットは次の5つです。
1. 経営者に資産を残すことができる
2. 従業員の雇用を維持できる
3. 取引先や地元経済への悪影響を軽減できる
4. 会社を存続することで足跡を残せる
5. 会社を活性化して、業績のアップが期待できる
(1)経営者に資産を残すことができる
M&Aの最大のメリットは経済的な合理性があることでしょう。廃業を選択して会社を清算するよりも、事業承継を選択して第三者に会社を売ったほうがより多くの資産を残すことができます。なぜならば、事業承継と廃業とでは会社の価値を計る基準が変わってくるからです。ゴーイング・コンサーンという言葉があります。企業が将来にわたって存続するという前提を意味しています。
製造業の工場や製造設備の例がわかりやすいでしょう。事業が継続するという前提に立てば、工場や工場設備は立派な資産です。むしろ無くてはならない重要な資産となります。ところが廃業するという前提に立つと、工場や製造設備の資産価値はゼロ。しかも建物取壊や設備を廃棄処分には多大な経費がかかるため、資産価値はマイナスと考えても差し支えありません。M&Aによって会社の資産価値を認めてもらえ、結果的に経営者のもとに残る資産の額も大きくなります。業種や個々の会社の経営状況によって異なりますが、ブランドや技術力、ノウハウなどの無形の資産、いわゆる“のれん代”を計上してもらえる可能性も高いです。
(2)従業員の雇用を維持できる
M&Aによって会社を継続できるということは、従業員の雇用を維持できるということです。M&Aのタイミングで人員整理が行われるケースもありますが、事業承継をする段階で、従業員の雇用を維持するという条件をつけることによって、従業員の生活を守ることができます。
(3)取引先や地元経済への悪影響を軽減できる
経営者は変わっても会社は存続するので、廃業する場合とは大きく異なり、取引先や地元経済への悪影響は最低限に抑えられます。それまでに築いてきた取引先との信頼関係が変化していく可能性もありますが、事業承継をする時点で、取引先との関係の継続を条件に付けることも可能です。場合によっては、マイナスはまったくなく、プラスになるケースもあります。
(4)会社を存続することで足跡を残せる
経営陣が変わってもいいから会社を存続させたいと考えている経営者は多いです。特に創業者や何代か続いて会社を守ってきた経営者に共通するのは、社名を残すことへのこだわりです。自分や創業家の足跡を残すことにつながるからでしょう。M&Aのやり方次第では、会社の名前や歴史を残していくことは十分可能です。
(5)会社を活性化して、業績のアップが期待できる
M&Aによって経営陣が一新されることで、より合理的な経営が可能です。無駄が省かれ、効率的な事業展開をすることができ、業績が向上したというケースもたくさんあります。M&Aは会社が成長する良いきっかけにもなりうるのです。
6.M&Aをする際に注意しなければならないこと
M&Aは人生における重大な局面です。それだけに細心の注意が必要です。
(1)契約の時点でチェックすべきことは多数ある
M&A後にトラブルが起こらないようにするためには、考えうるかぎりの事態を事前にチェックしておきましょう。そして、売手と買手が細かいところまで共有して確認し、合意することが必要です。後々になって、従業員への未払いがあったことが発覚し、どちらが払うのかで揉めたなどの例もあります。スムーズな事業承継のためにも、トラブルを想定して事前に対策を講じておくことが求められるのです。後々のトラブルを防ぐためにも、専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。
(2)専門家選びも重要
専門家といっても様々です。誰に頼んでもいいというものではありません。現状では、アドバイザーが不足しているばかりか、経験の浅いアドバイザーもたくさんいます。可能であれば、専門家を何人か候補としてあげて、その中から、頼む人を選ぶといいでしょう。その際、ポイントとなるのは経験です。M&Aをどれくらいやっているか、どれくらいの事例を知っているかを確認してから、依頼して下さい。
7.まとめ
少子高齢化が進み、社会の構造的な問題として、中小企業の後継者不足は続いています。一朝一夕で解決できる問題ではありません。経営者に求められることは、後継者不足問題と向き合い、早めに対処することです。後継者を決めないまま月日だけが過ぎ、突然病気になって事業承継も廃業もできない状態になるのは避けなければなりません。後継者候補がいないなら、早い段階でM&Aを視野に入れて準備し、備えましょう。
円滑なM&Aは自らの資産を守るだけでなく、家族・従業員を守り、取引先や地域社会への悪影響を最小限に抑えることにつながります。M&Aを決断したら、経験豊かなアドバイザーに依頼することがなによりも重要です。よりよい未来を切り拓くためには、信頼できるパートナーが必要だということを肝に銘じてください。
話者紹介
三村尚(みむらひさし)
株式会社みどり未来パートナーズ
事業承継アドバイザー 三村尚
資格:M&Aシニアエキスパート(認定番号:00D-00-0029)
専門分野、担当業務:M&Aコンサルティング、事業承継対策
香川県高松市生まれ。横浜国立大学(経営学部)卒業後、百十四銀行、帝国データバンク勤務。
2012年より株式会社みどり未来パートナーズ勤務。
金融機関、調査会社での勤務時を含め、延べ2,000社の企業評価を行った経験を活かし、M&Aを中心とした事業承継を手掛ける。
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